9.11で本当に起きたこと
9.11から25年がたった今日も、約束されていた情報開示はありませんでした。そこでキムは、この事件に加わった工作員から聞いた、命令がどこから出たのかという話に立ち返ります。
『Declassified』へようこそ。これで2回目か、3回目になると思います。今日は9月11日なので、少し特別なことをしようと思いました。
9.11についての動画はこれまでにもいくつか出してきましたが、最後に出したのはたぶん2020年です。そこで今日は特別版の『Declassified』にして、時事を扱うもう1本の『Declassified』も同時に公開します。
1. 前年のイルミナティ会合で出た9.11実行の命令
今年の9月11日、ニューヨークで開かれている追悼の行事に、アメリカの現職の大統領の姿はどこにも見当たらないようです。意外でもありません。会場にはクリントン夫妻もブッシュ・ジュニアもいて、ほかにも政府の要人が何人も出席していました。
舞台裏では、この9月11日が、世界規模の会合がいくつも始まる大きな節目でもありました。会合を開く人たちはこの日がとにかく好きです。
ただ、その理由は、私たちが今使っている暦とも、9月11日という日付そのものとも、今年はたまたま新月に重なったこととも、実はまったく関係がありません。
その新月は、毎年この時期に開かれるイルミナティの会合が始まる合図でもあります。ただ、毎年開かれるこの会合のなかでも今年の回は、私の見立てでは2万6000年に一度しか起きない種類の出来事でした。
彼らは今日、何かとても特別なことが起きると期待していました。でも、そうはうまくいきませんでした。詳しくは『Beyond the Matrix』のシリーズで話します。その件は、マトリックスとシミュレーション、そしてそれらを動かしつづけることに深く関わっているからです。
9.11については、私はこれまで多くの工作員(裏で実行を請け負う人たち)と話をしてきました。見逃した方のためにお伝えすると、この事件は実際に起きる1年前から予定されていました。
ですから、驚くことではありません。9.11の前年、工作員たちが「翌年にこの事件を起こせ」という命令を受けたのも、毎年この時期に開かれる会合、つまり今年の9月11日に始まったのと同じ会合でのことでした。
ひどい話に聞こえるのは分かっています。でも、忘れないでください。こうしたことはすべて、ディープステートにとっての大きな儀式です。
9.11は奇襲だったのでしょうか。そして9.11は、飛行機がタワーに突っ込んだことと何か関係があったのでしょうか。いいえ、まったくありませんでした。
インターネットでは、タワーの下からトラックが出入りしていたという話をはじめ、事件の最中やその前後に起きていたと言われることが、いろいろと取り沙汰されています。
今日お伝えする話にも、すでに耳にしたことのあるものが混ざっているかもしれません。それでも、こうした工作員の何人かと実際に話した立場から、私なりの見方を少しお伝えしたいと思いました。
ライフフォースの頃(私の以前の配信の頃)から見てくださっている方なら、たしか私がジョージという男性にインタビューしたのを覚えているかもしれません。当時は、あだ名で「ヴァイキングのジョージ」と呼んでいました。なにしろ、姓を1万も使い分けている人ですから。
ジョージについて確かなことは一つだけで、2001年の9.11の当時、ほかの工作員何人かと一緒に会社を持っていたということです。
ジョージに会いに行った人は何人もいて、その中には今も私たちと一緒に、ユナイテッド・ネットワーク(この番組の配信元)に関わっている人もいれば、もういない人もいます。
その人たちが会ったとき、ジョージは70代半ばから80代前半で、健康にもいくつか問題を抱えていました。私たちには、ジョージが完全に人間だったのかどうかさえ、はっきりとは分かりません。そう疑うのにも、たぶんそれなりの理由があります。
今日で、ツインタワーが崩れ落ち、同じ日にペンタゴンも攻撃されてから25年になります。表向きは、オサマ・ビンラディンとサウジアラビアのテロリストの犯行ということになっていて、それをきっかけに、その後さまざまなことが始まりました。
アメリカ政府からは情報開示が何度も約束されていて、その開示の日が、今日のはずでした。そこで、政府が実際に何を言うのかを見るために、このレポートを出すのを少し待ちました。情報開示は出てきたでしょうか。どんな形でも、まったく出ていません。
メディアやツイッターなどでは、CIAは1998年の時点から、オサマ・ビンラディンによる攻撃が起こりうると知っていた、という報道がいくつか飛び交っていました。事件が起きたのは、言うまでもなく2001年です。
CIAが出した特別報告の言い分は、「起こりうると分かっていたのに、みんなに無視された」というものです。もちろん、彼らはとても立派な人たちで、この攻撃を防ぎたくてたまらなかった、というわけです。
私たちは、この人たちが本当に私たちを守ってくれていると信じ込まされています。でも実際には、守ってなどいません。
2. チェイニーより上の見えない者たちから下りてきた命令
2020年にジョージと話したインタビューは、どこにも見つかりません。実際に私たちのアーカイブをさかのぼって探してみましたが、あの動画はどこにもありませんでした。誰かがどこかの時点で、どこかから消したのだと思います。
消えたのは、あの頃からいろいろと移り変わりがあったせいかもしれません。ライフフォースの頃にZoomで録ったもので、もともと画質もよくありませんでした。あれから私たちは多くを学びましたし、ご覧のとおり、今も学んでいる途中です。
ジョージによれば、事件を起こせという命令と指示は、事件の1年前に届いていました。指示も情報も契約も、ジョージの会社スペクトラムに届いたのは、たぶん前の年の10月ごろ、ハーベストムーン(秋分にいちばん近い満月)の数日以内だったそうです。
私がデュランゴにいた頃、毎年恒例のこの特別な会合は、新月を合図に始まってハーベストムーンに終わっていました。会合が終わると、たいてい大金が動きはじめ、工作員たちがコロラド州のデュランゴや、ジャクソンホールに集まってきました。
集まってくるのは、アメリカの工作員だけでなく世界中の人たちです。世界規模の行事で、デュランゴでは決まって繰り返されていました。
ときには2月にも会合が開かれ、町はまだ給料を待っている工作員であふれかえりました。けれど私の知る限り、実際にたいした額を受け取った人はほとんどいません。
それでも何年かのあいだには、その資金をいくらか実際に出したかもしれないグループもありました。私たちがテーブルと呼んでいるグループや、その配下で、まだ資金が残っていた組織です。彼らの資金は、私たちがアルバニアン・トラストと呼ぶところを通っていました。
アルバニアン・トラストを知らない方のために言うと、これまでのレポートでも何度か触れてきたと思いますが、別名をユニバーサル・トラストといいます。アルバニアにある資金洗浄の組織です。
この組織は、マフィアの資金もカルテルの資金も、基本的にすべて受け入れています。ここで言うカルテルは、麻薬の売人の類いも一部に含みますが、それだけを指すのではありません。
同じアルバニアン・トラストがもう一方で扱っているのが、私たちが政治資金と呼んでいるものです。
このトラストは、今イランで行われているような闇市場の石油取引の売上や、ほかのさまざまな出来事で動いた資金を受け取って洗浄し、マフィアやカルテルの資金と同じ経路で、世界各国の国家元首の選挙資金に回しています。
こうしておけば、担当の工作員から渡された台本を国家元首が読まなかったときに、その元首を完全に支配できます。この同じ工作員たちは、ハリウッドにも関わっています。私たち一般の人間にとって、政治はほとんどハリウッドそのものです。
だから私たちは、世界の指導者は強くて誠実で、アメリカの人々だけでなく、イギリスの人々やオーストラリアの人々、アフリカの国々(国名はお好きなものを入れてください)、そう、ウガンダの人々や南アフリカのために、本気で働いてくれているのだと思わされます。
BRICSはすばらしい、というのもそうです。では、それは本当でしょうか。まったく違います。彼らは台本を読んでいます。それが仕事です。
元首が台本からはみ出したときには、工作員の手元に、その元首がマフィアやカルテルから資金を受けていたという証拠があるわけです。たとえば、この1年のあいだにコロンビアの大統領がどういう目に遭ったかを見れば分かります。
ジョージの話では、この事件に加わって段取りを組んだアメリカの指導者のうち、ジョージに直接命令を出していたのは、当時アメリカの副大統領だったディック・チェイニーでした。事件を仕組んだのはチェイニーだ、というのがジョージの言い分です。
けれどブッシュ・シニアは、当時もまだブラックサン騎士団のアメリカ部門の長として盛んに動いていて、ブラック・イーグルという名でも知られていました。見方によっては、バイエルン・イルミナティのかなり上の位置にいて、深く関わっていた人物です。
前の年に開かれたあの会合により近いところにいたのは、ブッシュ・シニアのほうだったはずです。チェイニーは当時その右腕で、私たちが合衆国政府と呼んでいる、政治という名の劇場の一員でもありました。
ジョージに契約を渡したハンドラー(担当として指示を出す人)は、たしかにチェイニーでした。けれど、だからといってチェイニーが実際に事件を仕組んだことにはなりません。こうした事件のほとんどを仕組んでいるのは、実は騎士団ですらありません。マシンです。
ここで、マトリックスとシミュレーションが関わってきます。命令はしばしばマシンを通じて、公の場にはまったく姿を見せない人たちから下りてきます。
それはロスチャイルドでもロックフェラーでも、みなさんが知っている名前でもありません。そういう人たちは序列がずっと下で、こんな事件を仕組むことも、マシンを通じて直接命令を出すこともできません。この話は『Beyond the Matrix』でも、もう少し詳しく取り上げます。
ジョージの会社スペクトラムは、Kストリート(ワシントンD.C.の、ロビー活動の事務所が集まる通り)に事務所を構えていました。ジョージがあそこに事務所を持っていたと聞いても、私は驚きません。Kストリートは、ジョージのところのような事務所ばかりが並ぶ通りです。
多くの工作員がこの通りに出入りしていて、本当の大統領とでも呼ぶべき工作員たちから、事務所をあてがわれたり、ただで提供されたりすることもよくあります。
この人たちは、騎士団の序列のずっと上にいる人々に代わって、大統領に何をすべきか指示を出しています。これが政治工作員です。けれど、どの政権にも付きものなのが、金融工作員です。
ジョージの会社は90年代後半から2000年代初めにかけてその両方に加わっていて、とくに金融の側にはきわめて深く関わっていました。
ワシントンD.C.の地下にはトンネルが張りめぐらされていて、ペンタゴンまで、実を言えば東海岸の大半にまで延びています。
ですから、ワシントンD.C.からバージニア州のラングレー(CIA本部)へも、あっという間に行けます。行き来の手段はすべて地下にあり、工作員たちはこのトンネルで日常的に連絡を取り合い、会ってもいます。
みなさんの多くは、このトンネルをJFKジュニアやJFKにまつわる作り話だと思っているでしょう。けれどマリリン・モンローは、当時の大統領と密会するのにこのトンネルを通ったと言われています。その部分は本当です。
トンネルでは、さまざまな売春婦や薬物も運ばれています。ご存じかどうか分かりませんが、レーガン夫妻は、ナンシーもロナルドも二人とも薬物に依存していました。
薬物の出どころは当時ホワイトハウスにいた夫妻の政治工作員の一人で、その工作員たちはレーガナイトを名乗っていました。
ジョージとその会社は、ホワイトハウスを動かしている工作員そのものではなかったはずです。ホワイトハウスを動かす人たちから命令や契約や指示を受けていて、その人たちもまた、マシンや、シミュレーションの一部であるほかの者たちから命令を受けていました。
3. 爆薬を仕込まれていた貿易センターと合衆国の法が及ばないその敷地
世界貿易センターのタワーそのものに、仕掛けがしてありました。ジョージが契約を受けたのは事件の1年前で、関わった全員が、この事件が起きることを知っていました。
人口で見た上位24都市(都市の広さで数える場合もあります)でも、大きなビルの多くに同じ仕掛けがあります。そうするのには理由があります。
たとえばシカゴでは、今年の時点でタワーに仕掛けがされています。ニューヨークやボストン、サンフランシスコでもいくつかのタワーに仕掛けがあり、世界のほかの場所では、東京やモスクワ、それに北京と香港の多くのタワーが同じ状態です。
これは例にすぎません。仕掛けのある都市は、これで全部ではありません。
ロンドンにも多く、カナリー・ワーフではほとんどのビルに仕掛けがあります。ディープステートの側は、こうした大きなビルを建てるときはいつも、内側へ崩れ落ちるように仕掛けておくのです。
ニューヨークの国連本部ビルや、ジュネーブにある世界保健機関(WHO)のビルもその一つです。
なぜ、こんなことをするのでしょうか。こうした場所には、私たち全員の注目が集まるからです。そうして誰もが注目している大都市のどこかで何かが起きると、たいていは大勢の人が巻き込まれ、大勢が亡くなります。
死は儀式です。儀式は、自然に起きる出来事への入口を開きます。いや、自然にと言ってはいけません。自然なものではまったくありません。シミュレーションの中で実際に起きる出来事への入口です。
その入口が開くと、たいていは、ある人たちの力がいっそう強まります。その人たちが、私たちのまわりを歩き回っていて、私たちも目にしているディープステートです。儀式によってつながりができ、このあたりでは、そのつながりがかなり長いあいだ途切れずに続いていました。
ニューヨークでもう一か所、とても強いつながりがあった場所がエリス島です。ご存じかどうか分かりませんが、エリス島から先へ進めなかった人は大勢いましたし、そうでなくても、みな新しい名前をもらいました。覚えていますか。
アメリカへやって来た多くの人が、実際にはマトリックスの中へ、そしてニューヨークの地下基地へと下りていきました。そして、別の誰かが上がってきました。これはいわばリサイクル・プログラムの一部で、上がってくるのは自然な存在ではありません。
私自身はZoom越しに話しただけで、ジョージに直接会ったことはありません。それでも、ジョージはもしかすると9.11より前に、この惑星へ入ってきた者の一人だったのではないかと、私は疑っています。
ニューヨーク州の大半の地下には施設が広がっていて、オールバニまで延びています。モントーク・プロジェクトのことは、きっとインターネットのあちこちで耳にしているはずですが、ニューヨークでそうした場所はモントークだけではありません。
マンハッタンのほぼ全域の地下には、多くの施設と、金融だけでなく権力と支配も担う巨大な作戦センターがあります。連邦準備制度(FRB)の本当の中枢はワシントンD.C.にありますが、誰もが中枢として思い浮かべるのはニューヨーク連邦準備銀行です。
ワシントンD.C.は、厳密には合衆国の領土ではありません。連邦準備制度の建物や中央銀行が置かれた土地は、どこであれニューヨーク連邦準備銀行の所有物です。世界貿易センターも、ここでは例外ではありません。
世界貿易センターは、独自の主権を持つ土地の上に立っています。事件のあとに建てられた新しいビルもそうですし、元のツインタワーの追悼の場になっている小さな区画もそうです。主権を持つ土地なので、合衆国政府の統治はいっさい受けません。
こうした土地は、ある意味では、未割譲地と呼ばれるものにあたります。合衆国には、ほかにも未割譲地とされる地域があります。
未割譲とは、ひとつには、昔アメリカ先住民との間でさまざまなことが起きていた時代に、土地がおそらく当時の政府か、時代によっては植民地に貸されていたということです。
あるいは、はっきり言えば、土地が実際に引き渡されたことは一度もないということです。何度も戦争があったにもかかわらず、土地を譲り渡す合意も、正式に登記された証書も、交わされたことがありません。
実は私は、ニューハンプシャー州の、まさに未割譲地にあたる地域に住んでいます。なぜ私がここに住むことにしたのか、不思議なものです。
一方で、そう遠くないコンコードの、新しい施設が建てられたあたりは(ついてきてください)、未割譲地ではありません。アメリカに住んでいて、未割譲地とはどういう意味なのかと思っている方には、ちょっと面白い展開です。
けれど未割譲地は、世界中にあります。アメリカ先住民だけの話ではなく、正式に引き渡されたことが一度もない土地のことです。
ディープステートは、ワシントンD.C.や東京、ロンドンにあるこうした小さな区画を使っていて、そこでのルールは表向き、彼らのものということになっています。
そこには私たちと同じような人たちも住んでいますが、物事は同じルールでは動いていません。世界貿易センターのような特定の場所で起きることに、政府は口を出せないことになっています。
世界銀行も国際決済銀行も、同じ種類の土地にあります。スイスのベルンも、かなりの部分がこの種の土地です。エイリアンの領土と呼んでおきましょう。実際、ある意味そうですから。
4. 9.11の数日前にホワイトハウスへ入った準備完了の電話
世界貿易センターのタワーが大きな標的になった理由は、見ればわかります。第一に巨大なタワーで、大勢の人が働きに来ていました。ところが、そこで働く人のうち大勢が、実は事件の前日に、明日は出社しないようにという電話を受けていました。
当時ホワイトハウスにいたジョージ・W・ブッシュとチェイニーは、事件の数日前には準備が整っていることを知っていました。彼らは1年かけて準備してきましたし、当時すでに、ビルを爆破する能力もありました。
それに、シミュレーションの中では多くのことが可能だということを思い出してください。ですから、文字どおりどこからでも遠隔で爆破できたのも、不思議ではありません。
ブッシュとチェイニーには、対テロ戦争を始め、オサマ・ビンラディンを追うというとんでもない騒ぎを起こし、ほかにもさまざまなことを仕組む必要があったのではないでしょうか。
なぜなら今度は、悪者から私たちを救わなければならないからです。問題を作り出し、自分がその解決策になる。9.11も、まさにそれです。
ホワイトハウスは、数日前に電話を受けていました。全員が、9.11という名の映画で自分の役を演じる準備を整えていました。
さて、映画と言っても、悪く取らないでください。実際に多くの人が亡くなりましたし、この事件のせいで今も亡くなり続けている人がいます。映画というのは、みなさんが思っているような形では起きなかった、という意味です。
前の晩にも、準備ができているかを確かめる電話がありました。ホワイトハウスへのこうした電話は、どれも、今では工作員の街として知られるワシントンD.C.のKストリートからかかってきたものです。
工作員のジョージにも同じ電話が入り、自分の役を果たす準備をしておくように言われていました。
ドゥームズデイ・プレーン(有事に大統領が乗る空中指揮機)は、ブッシュを乗せて3日間飛んでいたと言われています。ブッシュは数日間現場に姿を見せず、そのことは大きな物議を醸しました。でも、最初から現れる予定ではありませんでした。
なぜでしょうか。まず、ブッシュ家はいまこういうことを仕組んでいる側の一員として知られています。そうではありませんか。ブッシュ・ジュニアもブッシュ・シニアもアメリカの大統領でしたが、二人とも大統領とは別の地位にも就いていました。今の政権も同じです。
公平のために言っておくと、これは共和党だけの話ではありません。オバマもその一人ですし、クリントン夫妻も一員でした。今の時点でも過去にも、これと無関係な国家元首は、どの国にも本当にいません。
ホワイトハウスも工作員も、みな電話を受けました。全員が準備を整えていました。全員、持ち場について。軍も関わっています。この日にこれが起きることを、誰もが知っていました。
軍がやって来て、私たちを救ったでしょうか。3,500人を殺したこの事件を、誰か止めようとしたでしょうか。その日の死者は、たしか3,500人から3,800人だったと思います。
その後も、建物そのものから放出された腐食性の物質のせいで、何千人もの人が亡くなりました。事件のとき近くにいた多くの人が、がんで亡くなるか、がんや自己免疫疾患で重い病気になりました。
タワーの下からトラックが出入りしていたという話を覚えていますか。世界貿易センターの地下にあったと言われる何トンものゴールドを運ぶのに、誰かがトラックを使う必要はあったでしょうか。答えはノーです。
人を出し入れしていたのは確かです。工作員です。重要な書類を動かすのなら、地下施設へ移していたはずです。
トーマス・ストリート33番地、つまりロウアー・マンハッタンにある窓のない電話局のビルのように、悪いことが数多く起きている建物は、その地下施設につながっています。新しい世界貿易センターとして知られるビルも同じで、そこが今のニューヨークのNSA本部です。
ですから、ゴールドを動かすつもりなら、夜にトラックで運ぶようなことは、どんな形であれしなかったでしょう。では、書類か何か重要なものをトラックで運んでいたのでしょうか。いいえ、違います。
人を出し入れしていたのでしょうか。映画の機材を出し入れしていたのでしょうか。たぶん、そうです。いえ、間違いなくそうです。
爆発物や腐食性の化学物質、そのほかこの種の物を、米軍がそこへ運び込み、運び出していたのでしょうか。はい。ラングレーも関わっていますし、Kストリートの工作員も、ホワイトハウスの工作員も関わっています。
全員がこの大がかりな映画に加わり、仕上がりをよく見せるために、たくさんの物をタワーへ運び込んでは運び出していました。ひどい話です。
オサマ・ビンラディンに、この事件の責任はあるのでしょうか。いいえ。違います。ビンラディンはブッシュ家と親しい友人で、騎士団の一員でもありました。自分の役を果たし、その見返りにたっぷり報酬を受け取って、あちこちに拠点を持つこともできました。
では、ビンラディンは今どこにいるのでしょうか。たぶん、どこかのCIAの隠れ家です。厳密に言えば、ビンラディンは合衆国政府から逃げているわけではありませんし、逃げたことも一度もありません。
ビンラディンが担ったのは、罪をかぶる役でした。サウジアラビアのパスポートを持った人々は、実際には墜落しなかった飛行機に、たまたま乗り合わせていただけです。
事件が起きたのは、朝のとても早い時間です。大統領はすでに移されていて、飛行機は、ちなみに地下トンネルを通って、決まった時刻に離陸する予定でした。
そして前日には、人々は電話で、その日は出社しないようにとはっきり言われていました。私の手元には、事件の日に実際にニューヨークにいた親しい友人、ドーンの録音があります。
その電話を受けられた幸運な人たちは、その日、世界貿易センターのタワー周辺の職場にも打ち合わせにも行きませんでした。私の友人も、当日の朝にその電話を受けた一人です。
電話を受けたということは、その人の会社が、ラングレーや工作員を通じて何らかの形で合衆国政府とつながっていて、行くなと言われたということです。
一方で、その日に出社した人も大勢いました。騎士団はたいてい、特定の人々を、とりわけ私たちのような普通の人間を、使い捨てと見なしています。
驚くようなことでしょうか。友人が電話を受けたことに、私は少しでも驚いているでしょうか。まあ、彼女は当時、PR会社と、スタートアップのテック企業の仕事をしていましたから。
では、そのテック企業はどこだったのでしょうか。彼女から聞いているのは、こういうことです。上位に名を連ねるような会社ではなく、IBMのように誰もが知っている大手でもありません。
それでもかなりの規模があり、当時、彼女自身も関わっていた新しい技術の立ち上げで、一翼を担っていた会社です。彼女は技術畑の人です。
5. ペンシルベニアに着陸した飛行機と地下基地へ送られた乗客
では、飛行機です。タワーが爆破で解体されたのなら、飛行機は、どうなったのでしょうか。
出回っているどの映像を見ても、あれが外へ吹き飛ぶ爆発でも、飛行機が大きなビルに突っ込んだ事故でもなく、内側へ崩れ落ちる爆破解体だったことは、はっきりしています。
私は実際に建築の学校に通っていて、その頃は工学の授業もたくさん取りました。
ですから、ああいうビルがどう造られているのか、そして大型の飛行機が高速で衝突したら何が起きるのかを、はっきり言えます。飛行機の衝突だけでは、実際に起きたことはどれ一つ起きなかったはずです。
その日にはさらに、1機目とも2機目とも関係のない爆破が別にいくつも起きていて、それは誰の目にも明らかでした。
では、オサマ・ビンラディンはアメリカへのテロ攻撃に関わっていたのでしょうか。少しだけです。罪をかぶる役をやってもらう、報酬はたっぷり払う、という意味での関わりです。
同じように、その10年ほど前にあったいくつかの爆破事件でも、レバノンの大統領が1億ドルの現金を受け取っていました。事がうまく運ぶようにするための金です。
オサマ・ビンラディンも大金を受け取っていました。そのうえ当時は、大量の石油やそのほかのものをめぐって、ブッシュ家との交渉も進んでいました。
さらに、アラムコなどもあります。アラムコは今、サウジアラビアで石油にからむ資金洗浄の組織として動いていて、それもかなり前から続いています。
飛行機はすべて離陸し、ペンシルベニアのごく辺鄙な場所に無事に着陸しました。これは事実です。
2020年のインタビューで、ジョージが私たちみんなにそう話してくれました。それだけでなく、私自身も、2020年11月に、また自分で調べを進めるなかで、それが実際に起きたという別の証拠をつかんでいます。
その一帯の、ペンシルベニア州スクラントンからそう遠くない場所の地下に、施設があります。トム・メルヴィルが車でそこを通り、とても居心地の悪い話し合いをした場所で、その映像は以前のGIAレポートでお見せしました。
施設の人たちは、そのとき彼にスクラントンへ戻ってきてほしがっていました。スクラントンには、地下で人体実験を数多く行っている大きな施設があるからです。
そこは深部地下軍事基地で、大勢の人が住んでいます。
残念なことに、飛行機の墜落で亡くなったとされる人の多くは、その地下へ行き着きました。施設に住む者たちに仕える側、つまりそこで働く側になるか、実験を受ける側になったのです。
たとえば料理人だったなら、その施設で長いあいだ奴隷にされていたかもしれません。
あの日に亡くなった方を知っている人にとって、つらい話だったら申し訳ありません。地下へ行き着いた人の多くは、かなり過酷な環境で暮らしていました。
そこにまだ生きている人はいるのでしょうか。いいえ、ほとんどいません。
2020年にみなさんがその人たちを見かけたとして、心の面でも、感情の面でも、体の面でも、その人だと見分けがついたでしょうか。いいえ、分からなかったはずです。正直に言えば、残念ながら、あれだけ実験を受けたあとでは、向こうもみなさんのことが分からなかったでしょう。
その人たちが暮らしたペンシルベニアのこうした施設は、地下をジョージタウンまで延びていて、なかにはフロリダ州タラハシーまで達しているものもあります。
毎年、大勢の人が行方不明になっています。子どもも数多くいなくなっています。その多くが行き着く場所の一つが、昔からこうした施設です。そこで私たちに対して行われていることは、本当に悲しいことです。
飛行機が行き着いたのは、ペンシルベニアにあるそういう場所でした。
6. 死者1人につき工作員へ払われた5万ドル
ペンタゴンへの攻撃は、書類を手に入れるためのものでも、そこで実際に誰が働いていたかを確かめるためのものでもありませんでした。
外国のスパイが中にいたのではないか、ビンラディンを憎む人たちが中にいて、狙っていたものに近づきすぎていたのではないか、という話もあります。
そんなものは全部でたらめです。でたらめ。事件を仕組んだ側は、私たちが反撃するように、アメリカが攻撃を受けた姿を見せる必要があったのです。この作戦の狙いは、退役軍人と、現役の軍人たちの共感を呼び起こすことでした。
軍人は、国のために、神と国と、そして家族のために戦うよう訓練されています。ペンタゴンが攻撃されたら、弱く見えてはいけない、反撃しなければ、となります。その結果、大勢の人が軍に入りはじめ、私たちも、そのあとに起きたさまざまなことを受け入れるようになりました。
この時代と、当時戦地に送られた軍人たちの暮らしを描いた映画もあります。彼らは実に多くのものを目にし、私たちの友人や家族の多くは、出発したときと同じ姿では帰ってきませんでした。
彼らは大量破壊兵器やら何やらを探して、あちこちへ行かされましたが、結局、何も出てきませんでした。
一方でブッシュ家は、当時、大量の石油とガスを手に入れ、数多くの取引をまとめていました。とはいえ、それに直接関わっていたのはブッシュ・ジュニア本人ではなく、むしろチェイニーのほうです。
ホワイトハウスを動かしていたのはほとんどチェイニーで、ジュニアはにこやかにうなずいていました。ジュニアは一家のはみ出し者です。本来なら、騎士団の中で、ブッシュ・シニアの父プレスコット・ブッシュ、そしてシニア本人の足跡を順にたどるはずでした。
ところが、どちらかというと脇のほうにいます。合格点にあと一歩届かなかった子、といったところです。騎士団には加わっていたものの、そこで何か大きなことを成し遂げたことは一度もありません。
チェイニーは実は、その政権で物事がうまく運ぶように、シニアから送り込まれていたのです。チェイニーのことを、事件当時のジュニアのハンドラーと呼んでもいいでしょう。
タワーは爆破解体され、飛行機はペンシルベニアに着陸し、人々は別の場所へ行きました。その爆破解体の一環として、あの日は腐食性の化学物質も大量に放出されています。古いビルから出るアスベストや、爆破解体のときに出るほかの物質だけではありません。
タワーからは大量の放射線が出ていました。それが、事件を仕組んだ側が人を病気にするのによく使う、さまざまな手口と組み合わせて使われたのです。ですから、事件の近くにいた人の多くが、のちに亡くなっています。それは本当にあったことです。
2026年8月22日の『Beyond the Matrix』第3回で、私は制御室について話しました。こうしたことがどのように仕組まれ、しかもどこからでも仕組めるのかも、そこで話しています。
起爆ボタンは、ニューヨークにも、ホワイトハウスにも、ニューヨークやワシントンD.C.、ペンシルベニア州スクラントンの地下にも、ある必要はありませんでした。
オーストラリアにある米豪共同の監視基地、パイン・ギャップでもよかったのです。どこでも関係ありません。どこであっても、動いているのはみんな同じ人たちです。
パイン・ギャップの特別な制御室、つまりバーチャルリアリティの部屋で働いている人が全員、そこから世界を壊し、地震を起こしているというわけではありません。
ただ、私たちはシミュレーションの中にいるので、彼らは世界の出来事を変えることも、人の体を内側から変えることもできます。
化学物質は使われたのでしょうか。はい。臭いが必要だったのです。何か悪いものを吸い込んだと人々に感じさせるには、そのための手はずがいくつも要ったのです。
では、実際に吸ったのでしょうか。はい。それでも念のため、その場にいた多くの人が確実に病に冒されるよう、バーチャルリアリティの部屋の一つにいる人たちも後押ししていました。
仕組む側にとっては、殺す数が多いほど好都合です。工作員にとっても同じです。こうした事件では、殺された1人ごとに(これは殺人です)、関わった者へ5万ドルの報酬が払われます。
同じく関わった請負業者の数によっては、その報酬を分け合うこともあります。それでも、1人あたり5万ドルです。多くの請負業者に大金が払われました。さらに、事件を仕組んだことと、少なくとも地上ではすべてが順調に運んだことに、ボーナスも出ています。
地下では、バーチャルリアリティの部屋にいる大勢の人が、恐怖と戦慄が確実に広がるようにしていて、そのすべてが同時に進んでいました。
ですから、出回っている9.11の分析は、ほとんど間違っていると言っていいでしょう。こういうことはたびたび起きます。それが終わる日が一日も早く来てほしいと思います。
7. 警告を受けた会社が取り消した9.11の打ち合わせ
こういうことを知っているのと、それが起きるのを見るのとは、別のことです。9.11が起きたとき、私はアリゾナで、当時生後3週間だった子どもを腕に抱いていました。そこへ朝6時半に友人から電話がかかってきて、「何が起きたか聞いた?」と言われました。私は産休中でした。
本当に、打ちのめされる出来事です。本当に。こういうことをする人たちがいなくなる日を、私は心から待ち望んでいます。
友人のドーンは、その朝、打ち合わせをするはずだったPR会社の事務所が閉まるという電話を受けていました。ドーンはとても機転の利く人です。何度も何度も、この惑星を出たり入ったりしてきた人でもあります。
こうした非常事態に置かれたのは人生で初めてではなかったので、彼女はすぐにサバイバル・モードに入りました。香港やスイス、ドイツでも長く過ごしてきました。主に、技術職として雇われての滞在です。
ドーンはあの日のことを、以前にも私と二人きりのときに話してくれていました。それでも、彼女の声で語られるのをあらためて聞くだけで、かなり心がざわつきました。
このような出来事が身に降りかかったときの人の反応を思うと、あの日、ドーンほど備えのできていなかった人がどれほどいたのだろうと、考えずにはいられません。彼女の話に出てくるとおり、その日の彼女にはもう一人、連れがいました。
幸いなことに、ドーンはあの朝の電話のおかげで、今も元気でいます。その日いるはずだった場所の近くにいたら、きっと今、ここにはいなかったと思います。
あの日に起きたことを彼女の側から知ってもらうために、今回の『Declassified』は、私が頼んで録ってもらったドーンの音声で締めくくります。では、私の友人のドーンです。
こんにちは、ドーンといいます。9.11の事件のとき、私はニューヨーク市のマンハッタンにいました。その週はずっと、クライアントの一つであるスタートアップのメディア企業との打ち合わせが入っていました。
前日も数時間打ち合わせをしていて、翌朝9時に、仕事相手のPR会社でまた会う予定でした。そのPR会社の会議室の窓からはツインタワーが見えたので、前の日は窓の外のスカイラインを眺めていました。
11日の朝、事務所は閉めるので誰もいない、という電話がかかってきました。説明らしい説明も無く、どう受け止めればいいのか分かりませんでした。
8時半か8時45分ごろに2度目の電話があり、ニュースをつけるように言われました。私はマンハッタンのホテルに泊まっていて、タワーからは数マイル離れていました。
テレビをつけても、自分が何を見ているのか分かりませんでした。映画のようで、最初は何が起きているのかを理解できませんでした。
何が起きているのかが分かったとたん、本格的なサバイバル・モードに入り、計画を立てました。そのとき一緒に動いていたのは、スタートアップの共同経営者の一人の奥さんで、旅慣れた人ではありませんでした。
私は彼女に声をかけ、何もかも置いていくように言いました。荷物は全部部屋に残して、持ったのはバックパック一つです。
最初に考えたのは、セントラル・パークへ向かうことでした。倒れてくる建物がないからです。そこまで歩くことにして、途中のボデガ(街角の小さな食料品店)に寄って飲み物を買い、いつまで持たせればいいのか分からないので、栄養バーも持てるだけ買いました。
その先どんな通信手段が使えるのか分からなかったので、セントラル・パークへ向かう途中でドラッグストアにも寄り、短波ラジオを買いました。
店の中にいるあいだに、戦闘機が五番街に沿って、ビルとビルのあいだを飛びはじめました。みんな、どうしていいか分からず、棚の陰に隠れていました。
店を閉めるから出てくれと言われ、私たちはどっと外へ出ました。通りに出ても戦闘機がその上を飛び抜けていき、人々は叫び、泣いていました。
私たちはそのまま進みました。また攻撃があるのか、何か落ちてくるのか、人が飛び降りてくるのか分からないまま、ビルの壁に張りつくようにして歩きました。
セントラル・パークにたどり着きました。公園の人たちは、何も気づいていませんでした。ジョギングをしたり、ピクニックをしたりしていました。SNSも今ほど広まっていなかったので、ニュースを見ていなければ分からなかったはずです。
私たちはひどく動揺したまま公園の中に場所を見つけ、情報を得る手段はそれしかなかったので、短波ラジオをつけました。そこで数時間、本当は何が起きているのかが分かるのを待ちました。
やがて短波ラジオで、グランド・セントラル駅から市外へ出る列車がすべて無料になると聞きました。とにかく人々をマンハッタン島から出すためです。私たちはグランド・セントラル駅を目指し、部屋が高層階だったのでホテルには戻らず、北へ向かう列車に乗りました。
打ち合わせを取り消す電話をくれた仕事相手は、従業員50人ほどのPR会社の経営者で、市より北の郊外に住んでいました。私が選んだのは、そちらへ向かう列車です。
私たちが乗り込もうとした列車には、人が押し合うように詰めかけていました。ベビーカーを乗せようとしていた夫婦がいましたが、あまりに人が多くて、親の片方の前でドアが閉まってしまいました。
幸い、赤ちゃんはもう一方の親と一緒に、床の上にいました。そして列車は出ていきました。そんな話が、いくつもありました。みんな、ひどく取り乱していました。
北に着くまでの道のりも、やはり神経をすり減らすものでした。着いてからホテルを取り、翌朝、PR会社のCEOの家を訪ねました。
CEOは、電話があったのだと説明してくれました。名前は出せないけれど、その日はマンハッタンへ行くな、出社するな、事務所にいるな、と言われたそうです。
安全ではないから従業員全員に知らせるように、とも言われていて、私たちとも打ち合わせの予定があったので、当然、私たちにも知らせてくれました。
ですから、あれが計画された事件で、警告を受けていた人たちがいたことを、私は自分の体験から知っています。