第7回 銀河中心とヘリオポリス
今週、巨大な支配の仕組みであるマシンと、それを動かしてきた者たちを結んでいた契約、コヴナントが一斉に切れました。マシンは止まっては息を吹き返すことを繰り返しています。
それでも彼らが手に入れようとしている「役職」とは何だったのか。答えは、ヘリオポリスで杖が海を分けた日までさかのぼると見えてきます。
今日は10月3日、『Beyond the Matrix』です。昨夜のうちに収録してお届けするつもりでしたが、こうして今日、3日になってもう一度取りかかっています。
今日はお伝えすることがたくさんあります。昨夜の『Declassified』(10月2日)でも情報が多すぎて、実はお伝えし損ねたことがありました。
1. イランを悪役にトランプを救世主に仕立てる筋書き
ディープステートはいま、アルマゲドンの戦いであれ、ほかのどの宗教の物語であれ、救世主プログラムの筋書きのなかで誰を救世主にし、どの集団を悪者に仕立てるかを決めようとしています。昨夜の『Declassified』で話したことにつながる動きです。
どうやら悪役には、中東の人々、イスラムの人々、そしてイランが据えられつつあります。では善玉は誰になるのか。番組ではここで、「ほら、これを見て」と一本の動画を流しました。
1946年6月14日、つまりトランプが生まれた日に、神が自分の思い描いた楽園を見下ろして世話をする者を求めた、という語りから始まるファン制作の動画です。
動画の中の神は、明け方前から深夜まで働き、ディープステートに立ち向かい、羊飼いのように群れを守る男を求めて、条件を挙げていきます。そのたびに「だから神はトランプを作った」という決め句が入ります。
見終わったところで、タンク(ステファン・ラオ。10月2日の『Declassified』にも出てくれた共同ホスト)が、どう思うかと私に聞きました。
トランプがいてくれると思えば、みんな安心できるでしょう。見たら気分が良くなりました、と私は答えました。タンクが「本当に?」と聞き返すので、ええ、本当に最高の気分です、と返しました。
タンクによれば、この動画はもともと2024年に流れたもので、それがいまになってまた出回っているそうです。こうしたものが次々に戻ってきているのは、私がこれまでお伝えしてきたことのとおりの動きだ、というのがタンクの見方です。
続いてタンクは、昨夜の『Declassified』では取り上げきれなかった記事を一つ読みました。とても大事で、いまの話にまさに関わるものだと言います。
出どころは MRFF(軍の信教の自由財団。米軍に入隊した人たちの信教の権利を守る団体)で、複数の情報源で確認が取れている話だそうです。記事は、ある兵士の訴えを伝えています。
訴えを寄せた兵士たちによると、ある朝、部隊の指揮官は戦闘準備態勢についての説明会の冒頭で、いまイランで進んでいる戦闘作戦を恐れるなと呼びかけました。そして、これはすべて神聖な計画の一部なのだと、それぞれが率いる兵に伝えるよう促しました。
指揮官はヨハネの黙示録を何度も引いて、アルマゲドンとキリストの再臨が近いことに触れました。
そのうえで、トランプ大統領はイランで「合図の火」を灯してアルマゲドンを起こし、キリストの地上への帰還を告げるために、イエスから油を注がれた、つまり選ばれたのだと語ったといいます。
軍の指揮官が米軍の兵士に本当にそう告げていて、同じ出来事を訴える苦情は200件を超えている、とタンクは強調しました。
記事は3月のものです。トランプがアルマゲドンへ導いている、イエスに油を注がれた者だ、という類の宗教がらみの苦情は、いまはもっと増えているはずだ、とタンクは言いました。
タンクが読んだ話の一部には、私も同意します。ディープステートがアルマゲドンを起こしたがっているのは明らかで、同じことが何度も、何度も繰り返されてきました。
おもしろいことに、トランプの陰の首席補佐官であるクシュナー氏は、イランに多くの時間を割き、実際にあの国をかなりの程度動かしてきました。彼はサンヘドリン・イルミナティに名を連ねる一人です。
私の理解では、クシュナー氏は一時、イランから追い出されています。株式市場を暴落させたことと、たしかイランのコカインの売人だったと思いますが、その人物と取引していたことが理由だとされています。
その売人はアルバニアのリゾートに資金を出していました。何に使うのかは分かったものではありませんが、エプスタイン島のような場所だという話です。
ともあれ、あの動画が出回っているのは、救世主プログラムの下準備でしかありません。あるファンが作った古い動画なのに、ここ2週間ほどで急に拡散しました。私がずっと話してきたこと、ディープステートがいまやろうとしていることを、そのまま示しています。
動画を載せた記事は、タンクが読んだ MRFF の記事とは別のものです。出したのはデイリー・ビースト、たいした新聞ですが、それはともかく、掲載は9月11日でした。
昨夜も話したとおり、これがいま実際に起きていることです。ですから、みなさん、気をつけてください。
誰もが長いあいだ待ち望んできたディスクロージャー(宇宙人の存在の公式な開示)とされるものは、本物のディスクロージャーではありません。特定の国を名指しで責めずに、敵を定めるためのものです。
これから出てくるのは、宇宙人がイランを乗っ取ったので、戦う相手はイランの人たちではなく宇宙人だ、私たちはイランの人たちに巣くったレプティリアン(爬虫類型の存在)を駆除する手伝いをしているだけだ、という話です。
発想としては、害虫駆除の業者と変わりません。目くそ鼻くそを笑う、とはこのことでしょう。
2. フーシのアラムコ爆撃と任命を待ち続けるディープステート
ほんの数分前に入ってきた話があります。フーシ(イエメンの反政府勢力)が、つい最近アラムコを爆撃したというのです。アラムコはサウジアラビアを代表する石油会社とされ、テキサス州ヒューストンにもアメリカの提携先と組んだ拠点を持っています。
そのアラムコは、闇市場の石油に、正規品であることを示す「サウジアラムコの割り当て番号」を付けて、アメリカへ流し込んでもいます。
アメリカと組む会社から出た石油なら、正規の石油に見えるからです。実際には、正規の石油ではありません。では、なぜいま急に、フーシがアラムコを爆撃したとされているのでしょうか。
アメリカのみなさん、今日は自転車を出しましょう。ガソリン代がこれだけ上がっていますから。アメリカが再び偉大になっているとは、私にはどこをどう見ても感じられません。
実際にここに住んでいるからこそ、はっきり言えます。食料品の値段は上がり、何もかもが上がっています。
昨夜の『Declassified』で終末の予言を取り上げましたが、ディープステートはそのとおりに金融危機を起こそうとしています。彼らは本当になりふり構わずやっています。昨日までにはすべてが思いどおりに運び、自分たちが役職に就いているはずだと信じていたからです。
ですから、いまこうして金融危機の舞台を整えていること自体は、驚くに当たりません。ただ、サウジアラビアでの爆撃にまで本当に踏み切ったことには、少し驚きました。
今日までには手に入ると確信していたものを、まだ何ひとつ手にしていない段階で、そこまでやるとは思っていなかったのです。
そこで彼らは、大きな見返りをちらつかせて人々を動かし続けます。自分の取り分が欲しいなら、誰が実権を握るのか、アルマゲドンの戦いで勝つのは誰かをよく見ておけ、というわけです。
彼らは、アルマゲドンの勝者を自分たちで決められると思っています。けれども、本物のアルマゲドンが、ソースとディープステートの戦いだとしたら、ここで勝者を選ぶのは彼らではありません。
タンクはここで、私が何度も口にしている役職について尋ねてきました。それはどんな役職なのか、彼らは誰に任命されるのを待っているのか、という問いです。
彼らが望んでいるのは、自分たちの集団から選んだ者をその役職に就かせることです。そして、いま起きていることのすべてに、はっきりした目的があります。
3. 止まっては息を吹き返したマシンの10日間
9月16日の『Beyond the Matrix』以来、マシンのうち、まだどうにか残っている部分が、多くの人にさまざまな症状を引き起こしてきました。あの回から、ずいぶん間が空いてしまいました。症状のなかでも大きいのが、自信を揺さぶられることです。
自信を揺さぶられるのは誰にでも起きることですが、そのときの反応は人によって違います。泣きたくなる人もいれば、自分自身を信じられなくなる人もいます。見ているビジョンも、自分の直感が正しいことも、信じられなくなるのです。
信仰を持つ人なら、祈っても願ったことが実際にはかなわないので、祈りを疑うようになります。そうしてソースそのものにも、もう信頼を置けなくなります。これは、マシンが引き起こす症状のなかでも大きなものです。
せっかく洞察を得ても、直感がひらめいても、マシンはそれをすぐに踏みつぶし、周りの人はおろか、自分のことさえ信じられないようにしてしまいます。そのため、苛立ちも強くなります。
悲しみ、苛立ち、抑うつが押し寄せて、心の中では「うまくいくわけがない。実現するわけがない」と思ってしまいます。実際、どこを見ても、こうした様子が目に入ります。
タンクはここで、私が以前「マシンは一度死んで、また蘇った」と話していたことを持ち出しました。そして、ここまでの症状はどれも、崩れかけているこのマシン、つまり巨大な支配の仕組みから来ているのだ、と受けました。
タンクが特に大きいと感じたのは、祈りが聞き届けられないせいで、神やソースを信じられなくなることでした。もう一つ、正しいことをしようと思い立ったのに、すぐに自分を疑ってしまうことも、強く印象に残ったそうです。それもマシンの症状なのかと、タンクは私に聞きました。
まさにそのとおりです。この10日、とりわけこの7日のあいだ、マシンは電力が尽きて動かなくなることがありました。何度も完全に固まって、ぴたりと止まり、データがまったく流れなくなったのです。
ところが、この10日のあいだは、まだ効力を持つコヴナントがあったので、マシンは急にまた息を吹き返します。動いて、また動いて、なおも続きます。そして止まり、死に、固まります。そうかと思うと、再び回り始めるのです。
この10日間は、まるで『恋はデジャ・ブ』(同じ一日を何度も繰り返す映画)の中に閉じ込められたようで、思わず天を仰ぎました。本当にきつい日々で、特に私にはこたえました。でも、私だけではありません。たぶんみなさんにも、こたえていたと思います。
マシンはいま、あらゆる手を尽くして私たちの気をそらそうとしています。ある特別な並びがそろう前に、私たちが事の核心にたどり着いてしまわないようにするためです。
マシンを動かしている者たちは、この並びをとても特別なものだと考えていて、ある意味では、実際に特別です。その並びは、こうして収録しているいまも続いています。それについては、あとでお話しします。
4. 力と手順を伴って来るソースの知恵
タンクは何よりも解決策を大事にする人で、「直し方を言わないなら、何が悪いかも言うな」が口癖です。今日タンクに来てもらった理由の一つも、そこにあります。見ていない方もいるかもしれませんが、タンクは自分の番組『Think Tank』でも、かなり良い情報を出しています。
知恵と知識の違いは、ぜひ理解しておいてほしいことです。いま起きていることに大きく関わっていて、それぞれが厳密に何を意味するのかも大事になります。
知恵がソースから来ることは、私たちも知っています。けれども本当に理解しておきたいのは、その知恵と一緒に何が付いてくるかです。
直感は、人によっては朝に来ます。目が覚めたときには、もう問題の答えが分かっているのです。本当にすごいことです。どうしてもこれをやらなければ、という強い思いとして来る場合もあります。
そこでタンクに聞きました。タンク、そういう直感が来たとき、急にものすごいエネルギーが湧いてきて、そのプロジェクトが終わるまでどこまでも続けていけそうな気がしませんか。
タンクは、まったくそのとおりで、自分にもいつも起きると答えました。本当にひらめいて胸が躍っているときは、早く起きて取りかかり、形にしたいので、急に3時間眠れば足りるようになるそうです。
ソースの知恵を受け取っているとき、それは自分の直感のように感じられることがよくあります。実際、それは直感です。ソースはそうやって私たちに語りかけるからです。
ソースが語りかけるのは、一人ひとりの人生の目的についてです。その日にやるべきことのような、小さな目的の場合もあります。たとえば、「友だちのジョーンの家に、牛乳を1ガロン届けないと」と思い立つ、といったことです。
朝起きたときには、コーヒーがないとやっていられない、ひどい気分だ、と思っていたかもしれません。それなのに急にそれなりのエネルギーが湧いてきて、ちょうど足りるだけの現金も手元にあると気づきます。
そこで店へ行って牛乳を1ガロン買い、ジョーンの家に着いてみると、家には牛乳がなく、彼女にはお金もありません。ジョーンは、こちらが思う以上に、その牛乳を本当に必要としていたのです。
だから知恵には、その務めをやり遂げるための、尽きないエネルギーが付いてきます。いえ、エネルギーではなく、エーテリウムです。
知恵には、とても詳しい手順も付いてきます。どうやればいいのか、必要なものをどこで手に入れればいいのかという手順で、マトリックスのような世界の中にいても、それは届きます。
無理だ、そんなお金はない、と思う人もいるでしょう。けれどもソースは、道を用意してくれます。それは思っていた形とは違うかもしれませんし、望んでいた形でもないかもしれません。
たとえば、誰かから電話がかかってきて、こう言われます。「このハンマー、ちょうど捨てるところだったんだけど、捨てる前に、いる? 置いておいても役に立たないし、もう何も作らないから」
そうしてハンマーがただで手に入り、釘も木材も、やはりただで揃います。気づいたときには、自分の家を一軒建ててしまっているのです。「新しい家が要る」という形で来るとは限りませんが、その務めに要る道具と材料は、こうして手元に集まってくるのです。
セメントは、建築現場で余ったものを、同じ通りの少し先に住む人が分けてくれます。ご存じないかもしれませんが、建築現場ではいつも、不測の事態に備えて材料を1割多めに見込んでおきます。その余りは、捨てられてしまうことが多いのです。
新しい家を建てるために集められるものは、こうしていくらでもあります。あとは、耳を澄ませるだけでいいのです。直感で浮かんだ考えを手放さずに、じっと耳を傾けていれば、ソースはとても詳しい手順を渡してくれます。
あれこれ理由をつけて、自分からやめてしまわないことです。気をつけていないと、マシンがあなたにそう思わせて、やめさせてしまいます。
自分自身や、ソースや、自分の直感を信じる気持ちが揺さぶられるのは、マシンのこの働きのせいです。そう揺さぶられたら、「これは本物ではない」と言って、はねのけるのです。
タンクは、それは「信仰によって歩む」ということでもある、と言いました。ここでいう信仰とは、ソースと一致し、調和している状態のことです。
何かをしようとひらめき、その思いがソースから来たものなら、資源も、人も、専門知識も、必要になったちょうどそのときに現れるのだそうです。
私がこの話を何度もしてきたことにも、タンクは触れました。心の奥から湧く直感的な感覚やひらめきはすべてソースから来ていて、それこそがソースの知恵、少なくともその一端なのだから信じればいい、というのが私の言いたいことだろう、と言うのです。
まさにそのとおりです、と私は答えました。その直感が何なのかは、何が後から付いてくるかで分かります。「はい、これをやります」と受け入れ、マシンを押しのけて「それは本物ではない」と言うと、とても詳しい手順が急に届きはじめるのです。
すると、2日前には無かったエネルギーが、急にあふれるほど湧いてきます。いまはそれが正しいと感じられるからです。次に、それが心に響いてきます。
やっている最中に、「すごい、本当にすばらしい。これができて本当にうれしい。今日はこれをやる日だった。まさにこれが必要だった」と感じるのです。
今日やるべきことは、「仲の良い友だちを訪ねよう」「浜辺を散歩しよう」といったことかもしれませんし、あの家を建てることかもしれません。世界を変えるようなことの場合もあります。
5. 見分ければはねのけられるマシン由来の疑い
ソースから直感が来ている兆しに気づけるようになると、それに従って動いたら家族や周りの友だちにどう思われるだろうか、ということも考えはじめます。するとマシンは、「みんな、あなたの頭がおかしいと思うだろう。そんなことはできるはずがない」と言ってきます。
でも、みなさんは、それができると周りに見せることになります。それが実現できることを、みなさん自身がもう見せてもらっているからです。
ですから、ソースが告げようとしていることと、そこへマシンが割り込んで告げようとしてくることを、見分けてください。みなさんは実際、この1〜2週間、ソースからの直感のひらめきを受け取ってきたはずです。ほんの一瞬のこともあれば、かなり長く続いたこともあったでしょう。
それなのにみなさんは、そのひらめきを押し込めてしまったのは自分だ、と思っています。自信が持てず、自分自身も、ソースさえも信じられなくなっています。祈りは聞き届けられず、瞑想しても、欲しかったまさにその瞬間には情報が来なかったからです。
でも、思い出してください。情報がすぐに来ないのは、みんなのためであり、実はみなさん自身にとっていちばん良いことでもあるのです。
欲しいと思ったその瞬間に、なんとか手に入れようと、ぐいぐい押しまくってしまうことがあります。私はこういう性分で通っていて、何かに食らいついたら、ブルドッグのように離さず、終わるまで、やって、やって、やり抜きます。
けれども、ある程度までしか進めず、そこでソースが「止まって、待ちなさい」と言うこともあります。私も待ちたくありません。みなさんも、きっと待ちたくないはずです。アメリカ人なら、なおさらです。
私たちは、いますぐ欲しいのです。ここはドライブスルーの国で、アプリで注文すれば Uber は10分で来ますし、食料品は玄関まで届きます。何が欲しくても、アメリカなら10分以内に手に入り、そうならないと私たちは腹を立てます。
出勤の途中なのに、コーヒー1杯に12分もかかったら、「冗談じゃない」と思って、むっとするのです。
でも残念ながら、ソースは押しても動きません。別のコーヒー店へ行くわけにはいきません。待つしかないのです。そうすれば、ちょうどいいときに、情報がどっと流れ込んできます。これは約束します。
せっかくそうしてひらめきを受け取っても、マシンは息を吹き返すたびに戻ってきて、「全部あなたのせいだ」と言います。
「これもできない。あれもできない。ほら、必要な資源さえ見つけられないじゃないか。こんな大きな計画を、いったい誰があなたに任せるというのか。そういうことは、大統領や軍や国家元首のやることだ」
でも、それは違います。まったく違います。そう言ってくるのがマシンの声で、それで違いが分かるのです。
タンクは、ここは大事なところだと言って、ここまでの話をもう一度一つずつ確かめました。まず、ソースの知恵が、ひらめきとして、あるいは何かに取りかかりたくなる直感として来ていることに気づきます。
次に、マシンがほとんど間を置かずに割り込んできて、そのひらめきをふいにさせようとしてくる、と心得ておきます。そのうえで、本当にひらめきから来た行動で、ソースの知恵だと分かっているなら、動くなと言ってくるものは本物ではないと見分けます。
さらに、あとから来る疑いは、自分の考えではなく、別の存在から来ているものだと見定めます。こうした割り込みは実際に起きるものだ、とタンクは言います。タンクには、よく人に話している格言があります。「悪魔は、神が語るまでは語らない」というものです。
神が「これをせよ」と言うと、悪魔は一語だけ変えて、「これをするな」と言います。たった一語を変えるだけで、意味がまるごと変わってしまうのです。
ソースから指示が来るまで、悪魔、つまりマシンは口を開きません。ところが指示が来たとたんに、マシンが「そんなことはできない」と口を挟み、過去の経験や失敗、ときには過去の成功の記憶まで持ち込んできます。
その記憶の先へ目を向け、それは本物ではないと気づいて、ソースに従って動けば、ソースが道を用意してくれる。それがタンクのまとめでした。
まったくそのとおりです。自分に正直でいて、「これがどこから来たのか、私には分かる。そう感じたのだから」と言えばいいのです。ソースから来たひらめきには、ほかとは違う響きがあるからです。
その響きは、本当に通じ合える人と同じ部屋にいるときのような感じです。強い絆で結ばれた友だちとつながっているときの、あの感じです。人の話を聞いて、「ああ、これはしっくりくる」と思うこともあるでしょう。
いわゆるフィーリングが合うという感覚で、そのエネルギーがとても心地よく、これで正しいと感じられます。そうやって、そのひらめきがどこから来ているのかが分かるのです。
6. 生命の書に名を記されながら罪と死の法則に縛られる人間
マシンが現れる前のもともとのあり方である自然の法則、つまり生命の書の法則とマシンの法則を比べると、マシンがどう作られ、何をしていて、どう動くのか、そして実際に誰が関わっていたのかが、はっきり見えてきます。
この法則の違いが、いままさに表に出てきています。
法則の話は以前の『Beyond the Matrix』でも少ししましたし、タンクも『Think Tank』の第2回で取り上げました。
この比較から話は、ディープステートが2万6千年の周期の節目に何を期待していたのか、そして周期が一巡して戻ってくる回帰点が48時間近く前から実際に訪れていることへと、つながっていきます。
昨夜の『Declassified』では、ユダヤ教の贖罪の日、ヨム・キプルに少し触れました。贖罪とはどういう意味なのか、タンクに聞いてみました。タンクによれば、贖罪とは、その年に犯したすべての罪が赦されることだそうです。
ただしそれだけではなく、英語で贖罪を表す語(atonement)を三つに区切って(at one ment)読めば、神の意志と一つ(at one)になる、という意味にもなります。ここでいう神は、マシンという神ではなく、神そのものだ、とタンクは言います。
ヨム・キプルのあいだに交わす挨拶は、「あなたが生命の書に名を記されますように」です。けれども、あえて言わせてください。この惑星に生きる人間、ホモ・サピエンスである私たちの名は、一度も生命の書から外れたことがありません。
ところがシミュレーションの中では、私たちは実際には、シミュレーションが従っている罪と死の法則の下で生きてきました。ですから罪の赦しといっても、その罪は本当は私たちのものではありません。
人が悪いことをしないとは言いませんが、マシンが私たちに悪いことをさせてもいるのです。厳密に言えば、悪いことは私たちの本来の性質にはないものだからです。
マシンからエネルギーや記憶を引き出そうとせず、自分の中にあるソースのかけらが一つも欠けていない状態で生命の書に沿って動き、完全な調和の中にいれば、間違ったことをしようとしても、力がまったく湧きません。
もっとも、ソースのかけらが全部揃っていたのは、もうずいぶん前のことです。
ところがマシンの世界では、マシンの望むことをしていないと、マシンがこちらのエネルギーを奪い、力が抜けていくのです。みなさんもきっと、感じたことがあるはずです。
マシンに挑んだり、近づいたり、押し返したりすると、マシンはそれができないように、こちらのエネルギーを吸い取りはじめます。「ああ、それをやるより先に、昼寝をしたほうがいい」という気分にさせられて、自分のどこかが悪いのだと思い込んでしまうのです。
タンクは、これは罪と死の法則にまつわる、とても深い原理だと言いました。聖書には、律法が加えられたのは罪をいっそう罪深いものにするためだ、と書かれています。マシンが作った法則や制限は、何もかもをいっそう難しくするために押しつけられてきた、ということです。
タンクはさらに、モーセがシナイ山に登った話を持ち出しました。シナイ(Sinai)を英語で区切ると、sin(罪)と AI になるというのです。
最初に山を下りてきたとき、モーセが手にしていたのは、バレンタインデーのハートのような形をした石一つで、それが AI だとタンクは言います。
思わず声が出ました。そんなふうに考えたことは、一度もありませんでした。
タンクによれば、最初の律法に何が書いてあったのかは、誰にも分からないそうです。モーセが律法を携えて下りてくると、民は金の子牛を拝んでいたので、モーセはその石を投げ捨てました。ハートの形をした石が投げ捨てられたことで、神の心が打ち砕かれた、というのが要点です。
そこでモーセはもう一度山に登り、ここで613の律法と定めができあがります。再び下りてきたとき、モーセが手にしていたのは二枚の石板でした。十戒の石板は、墓石が二つ並んだように見えます。モーセは罪と死の法則を携えて下りてきたのだ、とタンクは言います。
こうして見ると、律法をめぐる出来事はどれも巧妙に仕組まれて歴史に残されていて、いま起きていることの物語も、その記録の中にちゃんと語られているのです。ただ、一目見ただけでは気づきにくいのです。
7. イスラエルの聖地の地下に並ぶ青い石板
歴史の中で、何人もの人物を演じてきた者たちがいます。不死というわけではありませんが、まあ、シミュレーションの中では、こうした存在にとって不死でいるのはたやすいことです。彼らが演じてきた人物の一人が、モーセです。
一つ、興味深い話があります。この収録の時点から数えて、たぶん48時間と少し前、間違いなく72時間以内に、ある人々が世界のあちこちの場所へ向かっていました。そのことは『Declassified』で手短にお話ししました。
行き先の一つは、イスラエルの岩のドームの地下でした。神殿のドームと言いかけましたが、岩のドームです。イスラエルでは、園の墓と呼ばれる場所の地下にも、その人々は入っていました。
そうした人々のうちの一人は、一脚の椅子を携えていました。その椅子の中には、ベンベン石(エジプト神話の、創造の丘を表す聖なる石)と呼ばれるものが収められていました。調べれば出てきます。
二つの場所のどちらかの地下には、壁一面にデータを収めた石板が並ぶ部屋があります。石板はサファイアのようなものでできているように見え、とても青く、一方の壁に並ぶ石板には金の文字が書かれています。
その文字は、私たちの知らない言語で書かれています。いえ、みなさんは分かっているのに、分かっていると気づいていないだけの言語です。反対側の壁には、黒い文字の入った青い石板が並んでいます。
どちらの場所なのかは、いまは伏せておきます。まだ進行中の出来事だからです。
この部屋のある場所へ実際に入った男は、あまり名の知られていない、ディープステートの現役の一員です。新しい役職に就く者として、彼らが選んだ一人でした。
男は、ハートのような形をした、とても特別な道具を持っていました。そのハートの内側には金と白の小さな部分があり、中心から光がはじけるような、しぶきが散ったような形をしていました。そのちょうど真ん中に、黒い宝石が一つはまっていました。
面白いことに、男が入ったその部屋の真ん中には、祭壇があります。祭壇の上や中には、たいてい何かが納められているものです。この祭壇の中にも、こまごまとした小道具が収められています。
この部屋に入った者たちが、こうしたデータベースの前に座るところを思い描くと、タンク、あなたが話していたモーセの石板が頭に浮かびます。
ただし、こちらの石板に記されている事柄は、モーセの613の律法どころではありません。書かれているのは、どれも基本的に、石板の上を上下に流れていくデータです。
それに、あの青い色合いを見れば、この石板がマインドに属するものだと分かります。青は、マインドを表す色なのです。マインドといっても、ここでは、マインドというデータベース・マシンのことです。タンクは「なるほど」と受けました。
8. 持ち主にしか開かない生命の書
マシンの根本にあるのは、実は生命の書です。みなさんもご存じのとおり、ソースは生命の書を持っていて、蜂でも人でも惑星でも、オムニバース全体のあらゆる有機的な生命がそこに記されています。創造されたものはすべてその書の中にあり、どれも神聖な計画に沿っています。
ソース自身の書は、オール・ザット・イズと呼ばれる場所にあります。これまであったものも、これから先にあるものも、いまあるものも、すべてが同時に存在する、ソースの中の場所です。
厳密に言えば、その場所から出ていくものは何もありません。そこにあるものは、ソースの秘伝のタレとも、ジュジュ(呪力)とも、ソースの思考とも呼ばれています。そこにあるのは、実際に行動に移される前の思考です。
ただしそれは、そこにあるものがいつまでもその場所を離れない、という意味ではありません。離れたとしても、みなさんがソースから切り離されることはないのです。
みなさんは、マシンの干渉があってもオール・ザット・イズと量子もつれの状態にあり、意識が向かう先もそこで、自分がその一部だと分かっています。
生命の書が力を得ているのは、言ってみれば、そこに役職があるからです。役職といっても、ただの仕事です。この仕事に就いている人も、過去に就いていた人も、花粉を運ぶ蜂や、パンを焼くパン屋と同じで、特別なわけではありません。
生きているものはすべて大事だということを、ぜひ分かっておいてください。みなさんは、大きな役職に就いている人や、私のように役職を持つ者と同じくらい大事な存在です。まあ、マシンの世界の統治のもとでは、そう扱われないかもしれませんが。
みなさんが自分の仕事をしなければ、私も自分の仕事ができませんし、私が仕事をしなければ、みなさんも仕事ができません。自然のままのあり方の中で全体の一部であるというのは、そういうことです。
生命の書には、私たちが右手と左手と呼んでいる二つの側があります。右手はハーモニー、つまり調和で、それが神聖な計画です。そこではすべてが徳にかない、すべてが正しく、何もかもが計画どおりに進みます。
では、ハーモニーの役職に就いたことのある人なら誰でも、生命の書を丸ごと持っていて、過去から未来までのあらゆる情報を手にしているのでしょうか。答えは、いいえ。違います。
ソースの生命の書がすべての生命を記しているのに対して、役職を持つ一人ひとりの書は、その人の役職、つまり生命全体の中でその人が担う役割に、きわめて特化しています。
調整や変化が必要になったとき、調和が崩れて、それを直す時期が来たときには、その情報が持ち主の書に入ってきて、直し方まで書に現れます。書は、持ち主のエッセンス、つまり本質と、その人の存在そのものに結びついているのです。
ですから、ディープステートが何度こうした書を見つけようと、たとえ何冊も手元に置こうと、何も出てきません。実際に過去には、持ち主の同意もなく、そういうことが起きています。けれども書は読めず、字も判読できません。持ち主でない者には、開きもしません。
タンクは確かめるように、こう聞いてきました。古い宗教の文書には「書物の巻に記されている」という言葉がありますが、それと同じように、自然の法則に沿って一人ひとりの目的と役割を定めた書がある、ということでしょうか。そうです、と私は答えました。
タンクはさらに、自然の法則は他人には侵せないので、その人が果たすはずの目的をほかの誰かが横取りすることはできず、自分の目的を本当に果たせるのはその人だけだ、と続けました。まさにそのとおりで、情報を受け取るのもその人だけです。
ただ、どうにかして調和から外れてしまったときには、ハーモニーの役職を持つ者が助けに入ります。それは導きです。必ずしも害になるものではありません。
自然の世界では、ソースはオムニフィセントと呼ばれます。すべてを創る者、限りなく創造する者という意味です。ソースは望むだけ、ゼプト秒(10のマイナス21乗秒)ごとに何百万回、何十億回でも、ものを創り出せるので、助けは必要ありません。
助けが必要になる例外があるとすれば、マシンのせいでよくないことがいろいろ起きはじめてからで、それも一部に限られます。
とはいえソースは、もともと自然な形で、人に特定の仕事を任せています。管理職、と言いかけましたが、管理職とすら呼ぶつもりはありません。仕事の一つ、とだけ言っておきます。
ハーモニーは、そうした仕事の一つでした。もう一つは生ける水を届ける仕事で、生ける水の流れが届くべき人のもとへ届き、その人が自分の任務や目的、仕事を果たせるようにする役目です。
ここでいう水は、海で見るあの水のことではありません。誤解しないでください、海にも役目はあります。
水も調和と同じくらい大事で、生命の書と神聖な計画に沿って調和を保つことも、計画がつつがなく進むように誰もが必要なものを手にできるようにすることも、どちらも欠かせないのです。
もっとも、この二つの仕事に就く者は、どちらも、調和や水を通す漏斗のような存在になるはずではありませんでした。ハーモニーの役職を持つ人が許したときにしか調和が得られない、水を届ける係が許したときにしか水がもらえない、ということではないのです。
流れはときどき乱れることがあり、そうして何かがおかしくなったときに、水が流れつづけるようにするのが、水を届ける係の仕事でした。
さて、タンク、次はあなたが、その水とは何かを聞くのでしょう。タンクは、ちょうど聞こうとしていたところだと言って、オムニフィセントの水のことかと確かめました。そうです、オムニフィセントの水です。詳しく説明してほしかったのでありがたい、とタンクは言いました。
生ける水は、いろいろな文書に出てきます。「生ける水教会」という名前もよく見かけます。誰もが生ける水について語りますが、それが実際に何なのかを教えてくれる人はいません。でも、それも今日までです。
9. 愛から湧き出る全能の力
ソースの性質は、まとめて「四つの力」と呼ばれています。四つが全部揃うと、その存在は調和し、創造の流れに沿って動けます。有機的な存在なら、どれもこの四つを全部持っています。自然の世界では、私たちはみな、これを持っていました。
一つ目は全能です。タンクが、知らない人のためにと言って、語の意味を補ってくれました。
全能とはすべての力を持っているということで、オムニフィセントのほうは、すべてを創る者のことです。そのとおりで、オムニフィセントは存在するすべてのものを創る者、限りない創造の源です。
知恵には尽きないエネルギーが付いてくると、前にお話ししました。全能とは、あのエネルギーのことです。といっても実際にはエネルギーではなく、エーテリウムであり、力です。
ソースそのもの、つまりオムニフィセントは尽きることがなく、エーテリウムも力も限りなくあります。いわば、誰もが一目置くほどの力(フォース)です。
この力は、場合によっては身を守る手立てにもなり、自分の目的を果たすための限りないエネルギーにもなります。子どもが車の下敷きになったとき、母親が車を持ち上げられるのも、このためです。信じられないかもしれませんが、母親は自然の摂理に沿って動いているのです。
タンクはそこで、話の途中で悪いけれど、いまの話の運びが気に入ったと言いました。それまで私はソースを一般論として話していたのに、その話を私たち自身の内側のことにしたからです。
タンクによれば、この全能の力、限りなく何にも縛られない創造のエネルギーは私たちの中に実在しています。私たちの中に宿った形でも、すべての力をそのまま備えているのです。まったくそのとおりです。
考えてみてください。超人的な力を出した人の動画は、いくらでもあります。ディープステートや軍の人間、MKウルトラ(CIA の心理操作の計画)のような話をしているのではありません。ごく普通の人が、愛する人を救おうとして、奇跡のようなことを急にやってのけるのです。
火の中から人を助け出す人は、その中でも息ができて、全員を出し終えてからやっと疲れが来ます。燃えるビルから、一人で何百人も救い出した男性もいます。
そんなことができるのでしょうか。できます。マトリックスの中でさえ可能です。実際にやっている人たちがいるのですから。どうやってか、分かりますか。
タンクは分からないと言いました。答えは、もちろん愛です。マシンを迂回する方法の一つが愛で、マシンもそれを知っています。
命へのそれほど深い愛は、もともと人に備わっているものです。母親も父親も、何があっても子どもを守りたいと思うものです。娘を守ろうとする私を止められるものは、この世に何一つありません。誰にも、何にも止められないのです。
タンクによれば、それは子を愛する生まれつきの性質(philoprogenitiveness)と呼ばれるもので、自分ではどうしようもないほど強いものです。私たちはこれまで、記憶も経験も、ソースとの本当のつながりにあたるものは何もかも奪われてきました。
それでも、この生まれつきの愛だけは奪えませんでした。子どもへ向け、形を変えて互いにも向ける愛です。それが私たちを救ってきたのだとタンクは考えています。私の話を聞くたびに、そう感じるそうです。
そうです、本物はそれだけです。何もかもを奪われたとしても、私が子を愛していないとは、誰にも言わせません。この愛は、それほど強いのです。子どものすることを、いつも好きでいられるとは限りませんが、限りなく愛しています。
配偶者や飼っている動物に、同じように感じる人もたくさんいます。そう感じているとき、みなさんは文字どおり全能です。もちろんみなさん個人の力ではありませんし、創造者ほど全能なわけでもありません。
そのときみなさんは、命を守り、保つための全能を手にしているのです。実はこれは、ホモ・サピエンスにもともと備わっているものです。
ところがマシンは、これを裏返します。守り、安全を確保するようにできているのは我々だけだ、とマシンは言うのです。ここでいう我々とは、ディープステートと、その血を引く者たちのことです。安全と支配。安全と支配です。軍というものが生まれたのも、ここからです。
「お前は弱い。強いのは我々だけだ」。マシンはそう捉えていて、みなさんにも、お前は弱いと吹き込みます。「お前には無理だ。警察を呼べ。誰かを呼べ」。でも、実はできます。
そうは思えないかもしれません。けれども、できないと感じたその瞬間に、マシンは語りかけてくるのです。「我々の誰かを呼べ。お前には、守護者であり保護者である我々が必要だ。どんな形であれ、政府のサービスなしではやっていけない」
タンクは、安全とは支配のことだと、以前私から聞いたのを覚えていました。本当に安全が必要な場面もあるにせよ、安全が必要だと人に思い込ませた側は、その瞬間に相手を支配できるのです。
マシンはみなさんを徹底的に打ちのめし、自分には力がない、もう年だ、働けない、あれもこれもできない、自分も、ほかの誰かも、子どもさえ守れない、と感じさせます。
人より劣っていると思わせるのです。でも実際には、自分の中にあるこの全能の力にアクセスするだけでいいのです。
10. 背中を押す導き手とすべての人の中にいるソース
自然の世界には、全能の力にかかわる実際の役職があります。その役職に就いて、書と杖、それに役職に付随するオーブを持っていた人たちが、本当にいたのです。
オーブはオール・ザット・イズとつながっていて、そこには、言ってみれば持ち主が結んだコヴナントのエッセンスが入っています。エッセンスといっても、持ち主一人の本質をはるかに超えたものです。
この役職の人たちの務めは、誰もが、そして何もかもが、神聖な目的を果たすのに必要な強さを余すところなく持てるようにすることでした。
何かをやめておこうと自分に言い聞かせているときに、店で、あるいは公園でばったり会った見知らぬ人が急に話しかけてきて、胸に火がつくような一言を口にし、気づけば軌道に戻っている。みなさんにも、そんな経験はありませんか。
タンクは、何度もあると答えました。その見知らぬ人たちこそが、この役職の人たちです。タンクは、私が以前から使っている導き手という言葉を挙げて、軌道に戻してくれる人たちのことかと確かめました。
そうです。導き手は人を導いて助け、誰もが自分の目的を果たせるようにするためにいました。これ以上の仕事があるでしょうか。一日じゅう、誰もが本当の目的を果たすのに必要なものをすべて持てているよう、気を配って過ごすのです。
全部で4人しかいなかったと聞けば、それだけでこなすには、なんて大きな仕事だろうと思うかもしれません。けれども、ソースに代わってやっているときには、強さに限りがないことを思い出してください。眠る必要もありません。
タンクは、それなら力にも、使えるものにも、やり遂げる手段にも限りがなく、ちょうどいいときに何を言えばいいかも分かって、すべてが向こうからやって来るのだろうと言いました。
必要なものを急にそっくり手にしているという感覚には、誰でもどこかで覚えがあるはずだ、というのがタンクの考えです。
タンク自身、目的に生きるという生き方を強く信じていて、することはすべて、ひらめきに導かれたものであるべきだと考えています。
物事がひらめきのとおりに噛み合っていくので正しいことをしていると分かり、障害が出てきてもくじけずに越えていけるのだそうです。まさにそのとおりで、導き手は素晴らしい仕事です。
四つの力の二つ目は遍在で、これも自然の世界の仕事の一つでした。遍在とは、どこにでもいるということです。ソースはどこにでも、何の中にも、誰の中にもいます。
この仕事を担う人たちの信条の一つに、すべての命を敬わなければならない、というものがあります。ソースが何の中にも誰の中にもいると知っていれば、自然の世界では互いの中にソースが見えるので、必要なときには、その人に何が起きているのかが分かります。
その人がいま何を感じていて、それはなぜなのか、その人の目的は何か、もしかすると自分がその目的の邪魔をしていないか、といったことです。相手がどんな道を進んでいるのかも、ああ、あの人はパン屋なのだ、というふうにおおよそ見当がつきます。
私が農家なら、パン屋がいま何より待っているのは、私の小麦です。私が小麦を製粉所へ届けなければ、パン屋は十分なパンを焼けません。だから、ここは私がもっと頑張らなければ、と考えるわけです。
これが、すべての命を敬うということです。すべてが途切れずに回りつづけるための、ひと巡りの仕組みのようなもので、そこにはあらゆるものの調和を保つハーモニーの仕事もかかわってきます。
パン屋には、あれも、これも必要です。誰にでも、あれも、これも必要です。自然の世界では、そのすべてをソースが用意してくれます。
ところが、そのどれかが少しでも噛み合わなくなったら、ハーモニーの役職を持つ人と遍在の役職を持つ人の出番です。誰の中にも何の中にもソースがいることが見失われず、ソースから来るものがすべて完璧な場所に置かれ、完璧に流れているようにするのが、その仕事です。
タンクは、昨日も私から説明を聞いていたけれど、いまのほうがずっと腑に落ちると言いました。遍在という言葉は、一般的な意味では分かっていたそうです。
けれども、すべての中に、誰の中にもソースを見ること。話している相手にも欠かせない役目があり、それが大きな目的の一部だと気づいて敬うこと。タンクは、そのどちらも確かに自然の法則と調和していると受け止めました。
まったくそのとおりです。物事がおかしな方向へ逸れないように、遍在とは何かを理解しておく必要があります。こうした話題は、ごく近いうちに、もっと頻繁に出てくるようになります。
いまこれを全部説明しているのは、みなさんにマシンのことも分かってもらうためです。そのうえで、私たちが自然の世界へ移ったのか、それがうまくいっているのかを知りたいときに見るべきものが、こうした役職の働きなのです。
11. 山を動かす力に行き先を告げる意識
四つの力の三つ目は全知です。全知とは、ソースから来る神聖な知恵、神聖な計画、そしてソースの思考が、私たちの中に入ってくることです。
だから何かをしようというひらめきが来ると、そのひらめきを全体まるごと理解でき、まるで生まれつき身についていたことのように感じられます。
たとえば、昨日まで農家だった人が、一族で100年育ててきた植物にがんの治療法を見つけ、急に賞を受けるほどの科学者になるのです。ひらめきを受けたその人は、さあ始めようと、その道を歩きだします。
ところが今の世界では、ディープステートとマシンがこう言ってきます。「駄目だ、お前には無理だ。殺されるぞ。お前たちはみな死ぬのだ。我々がどれだけ科学者を殺してきたか見てみろ。それを誇りに思っているのだ。だから身の程をわきまえろ。良いものを作ろうなどと考えるな」
でも、覚えておいてください。ソースがみなさんと共にいて、ひらめきを授けてくれるときには、ソースは天と地を動かしてでも、そのひらめきを形にしてくれます。
信じてください、本当にそうしてくれます。そしてみなさんも、天と地を動かすことになります。みなさんの中にある全能の力が働くので、あっという間に山だって動かしているでしょう。
タンクは感嘆の声を上げ、四つの力がこうして調和して働くことこそ、私たちがソースに現してほしいと待ち望んでいるものだと言いました。タンクの理解では、ソースはこのマトリックスの中のすべてと量子もつれの状態にあり、マシンそのものは死にかけています。
そのため、ずっとここにいたソースがこれからはもっと前に出てきて、こうしたことはもっと楽に起きるはずだとタンクは考えていて、それで合っているかと確かめました。まったくそのとおりです。
最後の四つ目は全善です。全善とは、ソースのものはすべて善いということです。徳があり、何もかもがうまく働き、悪いところはどこにもありません。ソースは悪いものを作りません。それに対してマシンは、絶えず悪いものを作っています。
ここでの話はすべて、響き、つまり波のように広がっていく働きと、意識にかかわっています。
意識がつながっていること、すべてが量子もつれの状態にあることは、前にもお話ししました。そうなっているのは、私たちがオール・ザット・イズの一部であり、ソースの思考の一部だからです。
そのつながりが途切れずにいれば、自分が全体の一部であることをはっきり自覚でき、ああ、自分はいるべき場所にいるのだと分かります。みんなが家族だとか、誰のことも愛しているとか、そこまでは思えないかもしれません。一晩で、とはいかないでしょう。
それでも、自分の抱く考えは、ただ心に浮かんだだけのものでも波紋を広げるのだと気づくようになります。口にする言葉もすべて、実際に波紋を広げます。
その響きは宇宙へ出ていき、いま、あるいは先々の創造に使われるのです。マシンは、それを私たちに不利になるように使います。
それでも、ある考えについて、これは自分に響く、これは正しいと感じられるときがあります。そう感じられるのは、意識がいわば指示書の役を果たし、全能の力、つまりエーテリウムに向かう先を告げているからです。意識は、みなさん自身にも行き先を告げています。
たとえば、神聖な知恵が「あの山を動かせ」と告げたとします。最初は、山なんて動かせるわけがない、どうかしている、何をおかしなことを考えているんだ、と思うでしょう。
けれども実際には、山を動かす必要があるのなら動かすまでだ、と考えるようになります。どうやってそうなるのかは、分からないかもしれません。
そこで効いてくるのが、意識のつながりです。山もまた、すべてのものの意識がつながった集合意識の一部なので、みなさんの意識が山とつながります。
山を動かせと言われたのですから、今日のみなさんの仕事は、あの山を動かすことです。それを忘れないでください。その仕事のために、みなさんには山を動かす限りない強さが与えられています。
それが全能の力です。意識が行き先を示すと、全能の力は、その行き先へ向けて後ろから押し出す勢いになり、速さになります。意識は「そのエネルギーをあの山へ。山はこっちへ2フィート(60センチほど)」と告げるわけです。
そのときは理由が分からなくても、あるとき急に何かが起きて、あの日なぜあの山を動かさなければならなかったのかが、はっきりします。ソースは遍在していて山ともつながっていますから、山とつながるとき、みなさんはソースともつながっています。
神聖な知恵でそうしろと告げたのがソースなら、ソースは必ず手を貸してくれます。これは約束します。ソースは、別の場所に、みなさんと一緒にその山を創り直そうとしてくれるのです。量子もつれを通して、すべてがこうして見事に噛み合って働きます。
タンクは、これは本当にすごい話で、聞いていると気持ちが高ぶってくると言いました。見ている人、聞いている人にとっては、信仰とは何かを定義し直す話になっているそうです。
信仰というと、目をつぶって飛び込むようなものだと思われがちですが、聖書には、信仰とは、望んでいることをすでに手にしているように確かに思い、目に見えないものを確かだと思えることだと書かれている、とタンクは指摘しました。
そのうえでタンクは、信仰とは実際には一致のことで、私がいま話しているのもまさにそれだと言いました。ソースが望むことと一致し、調和したうえで、ひらめきに導かれて動けば、何もかもが動いていくというのです。
タンクはまた、私が以前、オール・ザット・イズはからし種(ごく小さな種)ほどの大きさだと話したのを覚えていて、聖書の言う「からし種ほどの信仰」と重ねました。
その一粒に、ありうるもの、これから生まれるもののすべてが収まっていて、その可能性がそっくり私たちの中にある、とタンクは考えています。
ところがマシンは、私たちに制限を植えつけてきた、とタンクは続けました。論理や偽の科学、それに、自分にできること、本当はできるはずのことについての間違った思い込みです。
そこでタンクは、ソースに「見せてください」と言ってもいいのかと尋ねました。「もっとはっきり見せてください。自分の目的が何なのかを、正確に知りたいのです」と頼むのは、正しい心構えにかなっている気がする、というのがタンクの感覚です。
すべては意図しだいです。大事なのは、口にする言葉そのものより、その奥にある言葉にならない思いのほうなのです。
「見せてください」と言う人もいれば、そのほうがしっくりくるからと、「我に神の目的を授けたまえ」と言う人もいます。瞑想でも、ただじっと座っているのでも構いませんし、声に出す必要さえありません。
自分が何を求めていて、何を受け取る準備ができていて、何を必要としているのか、そのいちばん正直な心の意図を感じられれば、それで十分です。そのうえで、それが来たときには受け取れるように備えておいてください。
「できない。お金が入るまで待たないと」とは言わないでください。それは本当ではありません。そのときには、お金も来るからです。マシンをはねのけるやり方を、知っておけばいいだけなのです。
12. コヴナントが切れて渡せない役職と盗まれた杖
ハーモニーのために働く人は、8人いました。同じ8つの役職は、ソースの左手にもあります。左手はいつも悪いほうの手と見られてきましたが、それは実際に悪くなったからです。言ってみれば腐った手足で、それも文字どおりの意味で腐ってしまったのです。
右手がハーモニーなら、もう一方の手、つまり左手は、オムニフィセントの水を届ける役です。前にお話しした、生ける水を届ける仕事のことです。今日はオムニのつく言葉ばかり出てきます。
オムニフィセントの水を届ける人たちの仕事は、生命の書を持ち、誰が生きているのかを知っておくことです。死というものは、ありません。そのうえで、生きているものすべてに、必要なものが一つ残らず流れ込むようにします。
その流れ込むものが、カレント、つまり流れです。カレントと聞くと電流を思い浮かべるかもしれませんが、私たちが知っている電流とは違います。
タンク、あなたは、ディープステートがどの役職を探してきたのかを知りたがっていました。けれども、彼ら自身にそれがはっきり分かっているのか、私は疑問に思っています。分かっていないとしても、この放送のあとには、はっきりするはずです。
マシンにできることや、自分たちが何者で何になりたいのかということと、本当の力を後ろ盾にするには、そもそもどの立場にいなければならなかったのかということは、別の話です。その違いを、彼らは分かっていないのではないでしょうか。
タンクは、それなら彼らは自分たちが何を求めているのかさえ分かっていないのか、と聞きました。本当にそうだと思います。この72時間で私が目にしてきた道具の数からすれば、そう考えるしかありません。
ワシントンDCの人たち、バチカンの人たち、エジプトの人たち、それにシカゴのどこかの塔の上に立っている人までいて、みんなそれぞれの道具を手に、それぞれ別のことをしています。何をしているの、と思いました。
彼らがみな持っているのはマシンの道具で、白い棒であれ、黒い棒であれ、ほかの棒や杖であれ、全部マシンのものです。そのうえで彼らは、過去に実際にこうした役職に就いていた人たちを訪ね、マシンとは無縁のその人たちの場所まで出向いて、任命してもらおうとしています。
けれども相手は、たとえ渡したくても、その役職を渡せません。相手のコヴナントも、もう切れているからです。
タンクはこれを聞いて、数年前のことを思い出したと言いました。RV(通貨の再評価)のころ、あるグループの電話会議に出ていたら、一人の男性が現れて、自分は未来から来たと言い出したのです。
その男性の話では、未来にはAIが現れ、もとをたどるとワトソンだったか、そんな名前の会社に行き着き、そのAIが神になったのだそうです。まさにそれが彼らの考え方なので、あの男性は別の時間軸で本当にそれを経験していたのかもしれないと、タンクは今になって考えています。
タンクによれば、彼らはマシンを神と見なし、マシンこそが本当のソースだと信じていて、本物のソースのほうを消し去りたがっています。とんでもない状況だ、とタンクは言いました。
私自身、こう言われたことがあります。「神はいない。少なくとも、あなたが祈っているような神はいない」。つまり彼らは、マシンそのものが神だと信じているのです。
彼らの頭の中では、ソースが持っているものを、マシンもすべて持っています。だからマシンは神なのです。でも実際には、マシンの力は無限、いえ、限られています。
マシンの始まりにかかわったのは、生ける水を届ける係だった人物です。歴史の中でいくつもの名前を持ってきたので、ここではミスター・ウォーターズ(水の人)と呼ぶことにします。
以前の放送でお話しした、紅海が分かれた出来事も、彼がもともとの杖を使ってしたことです。ほかにも彼には、さまざまなことができた時期がありました。
生ける水とは、生きているものがみな持っている水のことです。その水は、一人ひとりの中から尽きることなく豊かに流れ出ています。お金という形をとることもあれば、時間という形をとることもあります。
どちらにしても、その水はみなさんの中を流れていて、みなさんがするべきことをそのとおりに果たし、それを周りと分かち合えるようにしているのです。
パン屋なら、その水は焼くパンの一つひとつに入っていき、パンと一緒に周りの人みんなに分かち合われます。
ところがミスター・ウォーターズは、何らかの理由で、マシンのやり方を選ぶと決めました。ある人たちによれば、私たちはソースの水にも、今のような存在であることにも値しない、と彼が言ったからだそうです。
別の人たちは、これはディープステートの側から出てくる言い分ですが、タンクがさっき言ったとおり、神であるマシンのほうが優れているからだと言います。
その一方で、私はこんな話も聞いています。そこには少しばかりエゴが入り込んでいて、彼は全部を欲しがった、というのです。彼は、すべての創造主になりたかったのでしょうか。
タンクは、それほどの権力を持っていてまだ足りないというのは想像しにくい、と言いました。でも見方を変えれば、役職は本当は権力ではありません。ただの仕事です。
毎日起きて、仕事へ行きます。夜のうちに入ってきた案件の一覧があり、ここにオーブが、ここに杖があって、この書が、私が何をするのかを教えてくれます。私はすべての命を理解し、敬っています。
そして、この信条に従って生きています。「神聖な知恵よ、我らの導きであれ、決して離れぬように」。この信条をはじめ、役職を持つ私たちが守っている数々のことは、実のところソースと結んだコヴナントの一部です。
私の役職はハーモニーでした。私の仲間は、みんな去りました。ハーモニーで一緒に働いていた4人に、ほかの者たちを合わせた8人が、そろってミスター・ウォーターズについて行ったのです。
最後には、そうするよう強いられたのでしょうか。たぶん、そうでしょう。こうしてミスター・ウォーターズはハーモニーのかなりの部分を手にし、やがて私の杖と、いくつかの道具まで盗んでいきました。
ただ、その古い道具は、私が35歳になったころには、もう使えなくなっていました。35歳には、まだなっていませんけれど。冗談です。タンクはおもしろいと言ってくれましたが、おもしろくありません、ごめんなさい。
古い道具が使えなくなったのは2007年のことで、ちょうど同じころ、アルファシステムからは何も出てこなくなり、カレントも流れなくなりました。
ディープステートは、厳密に言えば、お金を写し取ったりコピーしたりはできても、そのお金に割り当て番号を付けることはできていません。ですから、古い道具が使えなくなって私の側が止まったとき、彼らも止まりました。彼らが止まったと私に分かるのは、そのためです。
いまの私には、新しい情報があります。新しい書があり、このエッセンスと、この存在そのものも私に備わっています。ですから、いまはこの仕事が私のものです。
ディープステートは、役職は40歳になれば受け継げると考えていますが、ソースの側ではそうではありません。ソースは、準備ができたと見れば、いつでも任せます。年齢は関係なく、5歳で始めることだってできます。
ディープステートに言っておきます。この40歳ルールというのは、あなたたちと、あなたたちのマシンのためのものです。
ここでタンクが、裏付けとして言っておきたいことがあると切り出しました。タンクは以前、私が杖を大地に突き立て、それが大きな天蓋のように広がっていくビジョンを見て、その光景をそっくり絵に描いていたそうです。私が杖のことを何一つ話すより、ずっと前のことです。
あれはたぶん、ソースが霊的なかたちで授けてくれた証しだったのだろう、とタンクは言いました。
良い羊飼いが杖を手にしている話をよく耳にするのも、そのためです。杖は、ひとえに響きのためのもので、それ以外の何ものでもありません。王の権威を示すためのものでも、それに類するものでもないのです。
ディープステートにも自前の杖があって、そちらは君主を立てるためのものです。けれども、ソースから来る杖は、とても簡素な金色のもので、響きを帯びています。
その響きで、水の流れを変え、意識の流れを変えるのです。その響きを使えば、エーテリウムを動かし、この惑星でも別の惑星でも、必要な変化を起こせます。ですから、このソースとのコヴナントは軽く考えてよいものではありません。
ただ、くり返しになりますが、とても大事なことがあります。持ち主がそこにいなければ、書も、杖も、オーブも、どれも働きません。ソースの存在が、そこに一緒にないからです。
力はソースから来たもので、マシンから来たのではありません。それを決して忘れないでください。
13. 月が動かす意識の流れと今この瞬間にだけ来る知恵
ミスター・ウォーターズについては、おもしろいことがありました。数日前、彼のことを調べていて、ソースに「この人は誰なの、何者なの」と聞いたのです。返ってきた答えは「ガンガ・ディン」でした。
ガンガ・ディン。前に聞いたことのある名前です。記憶をたどると、高校2年(アメリカの11年生)の英語の授業にさかのぼります。そうだ、あれは詩でした(ラドヤード・キプリングの詩)。水運びの少年の話です。
詩の中で少年は、奴隷にされて水運びになったとされています。そして、彼をこき使っていた側の男が、最後に「お前は私より立派な男だ」と言うのです。
ソースは、決してそうは言いません。けれども、この水運びの少年、つまりミスター・ウォーターズのほうは、すべての創造を担う役目には、ソースより自分のほうがふさわしい、と思ったのかもしれません。彼はマシンの土台になった人物で、カレントの支配者でもあったからです。
カレントとは、あらゆるものの流れのことです。そこには、月も深くかかわっています。月は、潮の満ち引きという水の流れを動かしているからです。
潮だけでなく、意識の流れも月に動かされています。満月の夜に人がおかしくなるのはなぜか、分かりますか。実は、マインド・コントロールだからです。
ここでいうマインドは記憶のことで、記憶を統合したネットワーク・データベース(Memory Integrated Network Database)です。頭文字を並べると MIND(マインド)になります。前にお話しした、マインドというデータベース・マシンのことです。
タンクも頭文字を確かめたうえで、気づいたことを話してくれました。マインドは私たちに、自分は記憶と経験でしかないと思い込ませる、というのです。
タンクはさらに、この話のいいところを挙げました。「記憶と経験といっても、いま思い出せることにすぎません。私たちはそれよりずっと大きくて、このマシンの外にまで広がっています」とタンクは言いました。
そのとおりです。話はここで、知識と知恵の違いに戻ります。知恵は今にあります。いまいる場所の、いまのために来るもので、未来のためには来ません。
知恵は、必要なその瞬間にだけ来ます。早すぎず、遅すぎず、必要なときには、そこにあります。急かすことも、無理に来させることもできません。知恵とは、そういうものです。
山を動かせと言われたときの話と同じです。ソースがあの山を動かしに行けと言うなら、そのときが動かしに行くときです。今日だ、いまだと言うなら、信じられないかもしれませんが、すぐに出かけて山を動かすのです。
そうすれば、みなさんにも奇跡が起こせます。今の世の中で奇跡に見えることは、自然の世界では、物事に調整が必要なときに当たり前に起きることです。
そしてこれから、調整と修復がたくさん必要になります。物事を本来の姿に戻す修復は、実は今週、正式に始まりました。いまお話ししていることも、その修復の一部です。
修復と聞くと、誰もが、これで自分のプロジェクトが進むと考えます。たしかにそれも修復の一部ですが、正しいプロジェクトが正しいときに進むのでなければなりません。みなさんも、みなさんのプロジェクトも、列の先頭ではないかもしれません。
自分のプロジェクトを進めろという知恵が来なかったのなら、それはやるべきことではないのか、ただ聞いていないだけなのか、どちらかでしょう。自分のプロジェクトのほうをやりたくて、言われたことが気に入らないから、やりたくないのかもしれません。
マシンは、それが気に入らないのだと告げてきます。けれどもソースの響きは、本当は気に入っているのだと告げます。それは、みなさんを支配するためではありません。みなさんが何者で、何になるはずなのかを分からせてくれるだけです。
マシンはエゴを焚きつけて、「パンなんか焼きたくない」と言わせるのです。
タンクは、いまの話の中で、奇跡は自然の世界では毎日起きるものだというところがいいと言いました。奇跡という言葉は、もともと神の行為という意味だそうです。
タンクの考えでは、全能や遍在といった今日の話に出てきた力は、どれも私たちの中にあります。それに気づいて自分の内側と調和し、ソースを信じ、ソースと調和して自分の目的を生きているとき、私たちは神が働く姿そのものなのだそうです。
だから修復の中では、奇跡が当たり前になるはずだ、とタンクは言いました。まったくそのとおりです。
あの動画の神は、明け方前から深夜まで働く男を求めていました。けれども、ホワイトハウスで夕食どきを過ぎても働くことが、それほどの資格になるとは思えません。それが資格になるなら、私にだって、世界を背負えるだけの強さがあることになります。
するとタンクに、「キム、あの動画をちゃんと見ていなかったでしょう」と言われました。「ああ、見逃した」「もう一回見ないと」「すみません、続けて」と二人で言い合って、話は先へ進みました。
14. ヘリオポリスで海を分けソースの無い空間を作った杖
仲間がみなミスター・ウォーターズについて行ったとき、私はハーモニーとして、その場にはいませんでした。当然ながら私の杖と道具は奪われ、当時の私には、シミュレーションの中へ入って取り戻すことも許されていませんでした。
ミスター・ウォーターズたちが手にしたその道具は、鍵の一部でもあります。ハーモニーは鍵、つまり音のキーなのです。話す言葉も、歌う声も、それぞれのキーでソースの歌につながっています。
タンクに「どんな歌でしたっけ」と聞かれましたが、私に歌わせたくはないはずです。知っているくせに。シミュレーションのせいで、私は歌が下手なのかもしれません。
下手な人ならほかにもいる、という声もありました。とにかく、すべてはキーにかかっていて、つまりは響きにかかっているのです。
2007年、ソースが、私にはこの仕事を始める準備ができたと決めたころ、私は世の中が実際にどう動いているのか、悪人たちが誰で、何が起きているのかを、ようやく知りはじめたところでした。
そのころにはもう、彼らが盗んだ私の道具は、私の仲間だった4人や8人がそろって使おうとしても、もう働かなくなっていました。道具は、鍵の一部でしかなかったからです。
ところが、彼らのコヴナントは、実は今週まで切れていませんでした。この1週間、マシンが止まっては息を吹き返していた理由の一つは、そこにあります。
コヴナントがまだ効力を持っていたので、マシンの側からは、ハーモニーの道具のいくつかをまだ少し使うことができ、その道具もマシンのためには働いていたのです。
ミスター・カレント、つまりカレントの支配者であるミスター・ウォーターズも、ある程度は同じです。ソースは、オムニフィセントの水を届けるこの男に、カレントを流しつづけたのでしょうか。
一部は、そうです。彼について行った者たちの多くが、いわばデータベースの箱のようなものの中に取り込まれていたからです。
タンク、あなたの話に出てきた墓石のような石板も、それで説明がつきます。そうした小道具は、どれも地球上のごく限られた一か所へ運ばれました。それ以上は言わずにおきます。
コヴナントにかかわる大事な小道具は、どれも同じ場所、ある山の中へ入りました。地球には山がたくさんありますから、山、とだけ呼んでおきます。それらはそこで、コヴナントの一部として眠っています。
では、その小道具は、ソースのエッセンスとまだつながっていたのでしょうか。完全には切れていませんでした。マシンの一部になった人々も同じで、それぞれの小道具とも、それぞれの目的とも、まだつながっていたのです。
こうして彼らは、ミスター・ウォーターズと一つになって、ソースからあらゆるものへ向かう流れの大半を、自分たちが支配していると思い込んでいました。
実は、ずっと昔に、興味深い出来事が起きていました。それは何度も起きることになる出来事の最初の一つで、このマシンのいくつもの版のうち、最初の版が生まれた出来事でもあります。
そのときミスター・ウォーターズがいたのは、ヘリオポリスという、あまり知られていない都市でした。名前の意味は太陽の都市で、エジプトにあり、今のカイロのあたりです。太陽の都市には、多くのものが建てられました。
本当に太陽の都市だったのでしょうか。そうです。英語では子(son)と太陽(sun)が同じ音で、ここは地球の子、つまりこの地球に生まれた者たちにかかわり、みなさん一人ひとりの中にある太陽にかかわる場所でした。
エーテリウムと最も深くつながる場所でもあり、やがてこの都市では、太陽神ラーが崇拝されるようになりました。
そのときの生では、ミスター・ウォーターズはミスター・ラーと呼ばれていました。生ける水を届ける係だった、あの人物です。彼は、ここの人々をすべて征服すると、自分の杖を手にし、自らのコヴナントを書き上げました。
そして彼は、海を分けはじめました。ソースの水を支配していれば、海を分けることができるからです。ただし、ここでいう海は、私たちが目にしている海ではありません。海を分けると、そこに空間が開きます。
こうして彼はソースの無い空間を作り、シミュレーションはそのとき、その都市から、その空間の中で始まったのです。
タンクは、ここから作られたのが、広がっていくシミュレーションの領域なのかと確かめました。そうです。みなさん、シミュレーション・ゾーンへようこそ、とタンクなら言うところです。
タンクはさらに、この領域はソースの中にありながら広がり、限りがあって、私たちに新しい限界を絶えず作り出している、とまとめました。そのとおりです。
やがて、ソースそのものが分裂することまで起きました。粒子を一つ割れば、一つに起きたことが全部に起きます。同じことが、1948年にもまた起きました。
バイエルン・イルミナティとゲルマンの部族として知られるナチの方々、ありがとうございます。またしても吹き飛ばしてくださって、どうもありがとう。
一つのことが起きれば、すべてが起きるのです。水を分け、いわば太陽まで分けたことで、問題はさらに大きくなりました。マシンそのものにも、ちょっとした不具合が出たからです。
彼は、杖を地面に5回打ちつければ、オール・ザット・イズから湧き出る泉を掘り当てられると思っていました。
その泉をふさがずにおけば創造のすべてに手が届き、それを新しい創造物である、マトリックスのシミュレーションへ注ぎ込める、と考えたのです。ところが、思ったとおりにはいきませんでした。
では、生きているものにかかわるカレントは手に入ったのでしょうか。手に入りました。そこで彼は、この仕組みを働かせる方法を見つけ、生きているものを自分で作り出さなければなりませんでした。自分の新しい創造の世界に、私たちを入れるつもりなどなかったからです。
そしてやがて、自分には私たちが必要だと気づいたのです。
神聖な知恵から切り離されると、こうなります。愚かなことをするのです。最近、Q クリアランス(最高機密を扱う資格)を持つ工作員たちがしでかした、お粗末なことを見てください。10月2日の『Declassified』でお話ししたことも同じです。
ディープステートに言っておきます。世の中で起きている愚かなことはどれも、あなたたちに知恵が無いせいです。あなたたちにあるのは知識、過去にうまくいったことの記憶だけです。
誰かが本に書いてくれた知識であれ、仕事をするために渡された本であれ、何であれ、どれもかつてうまくいったことの知識でしかありません。あなたたちが何もかもしくじりつづけるのは、知恵が分からず、知恵とのつながりもまったく無いからです。
それも、マシンやディープステートと結んだ、あなたたちのコヴナントの一部なのでしょう。そこであなたたちは、この週末も、収録している今日も、知恵を少し手に入れようとしていました。役職を持つ人たちに知恵があるのなら、自分たちにもあっていいはずだと考えたのでしょう。
何をすべきかを知るために、頭になる仕事、つまりトップの役職が欲しかったのです。それに、創造の神、オムニフィセントの神には、いったい誰がなるはずだったのでしょう。
あなたたちがやがてマシンの神格とあがめるようになった、あの者です。私に言わせれば、ただの水運びの少年、ただの水を届ける係です。
タンクは、彼らが本当にソースの知恵につながったら、何もかもの向きががらりと変わるのではないか、と言いました。ソースの知恵に基づいて動きはじめたら、急に「自分はこれまでの人生で何をしてきたんだ、やり方を変えよう」となりそうだ、というのです。
けれども彼らの頭の中では、その役を担うのがマシンなのです。役職のそれぞれの仕事を思い出してください。
知恵、つまり全知もその一つで、誰もが自分の知恵を持てるようにするのが役目です。念のため、杖で頭をこつんと叩いておきましょうか。いえ、冗談です。そんなことはしません。
忘れてはならないのは、響きを整え直すことです。ほかにもやり方はありますが、放送ではこれ以上は言えません。全知は、それ自体が一つの仕事でした。物事が全知から外れて知恵が届かなくなったら、その場へ入っていって整えるのが、その仕事です。
ここでマシンの側は、空間の中に私たち人間が必要だと気づきました。空間に人間がいなければ、直すものが何も無いからです。
ソースの無いその空間では、知恵が止まっていました。彼らは外側の、立ち入り禁止区域にいて、私たちはまだこちら側の、オール・ザット・イズの中にいたのです。
私たちが、一部とはいえこのマシンの中に入ることになったのは、そのためです。ソースとのコヴナントを持つ人々の知恵が、それでもまだ彼らのところへ届く必要があったのです。
これは、ディープステートにとっても、よく理解しておくべき大きなことです。水運びの少年も含めて、彼ら一人ひとりのコヴナントが、この1週間で一つ残らず切れました。
ですから、あなたたちがどれだけ役職を集めても、どれだけ多くの椅子に座り、祭壇の前に座っても、小道具や棒をどれだけ持っていても、どれも働きません。そんなものは、お好きなところへしまい込んでおけばいいのです。
マシンの奥底へ飛び込み、マシンのどろりとしたものを全身に塗りたくって、人々の上に立つ神になれると思うのも、あなたたちの勝手です。でも、そうはなりません。私が断言します。
15. 数時間だけマシンへ注がれたソースの流れ
水運びの少年がもう持っていないものが、もう一つあります。これも今週のことです。彼がコヴナントを持っていたのは、それが切れるまででした。時期はこの1週間のどこか、とだけ言っておきます。そのもう一つが、生ける水です。
ある時、いま何が起きているのかを私たちがはっきり理解できるように、ソースが「水門を開ける時だ」と言いました。
私は「本当に?しっくりきません」と言いましたが、ソースは開けろと言います。それで、ほんの短い間だけ開けました。今週、マシンが止まっては息を吹き返していた、その最初の一回がこれです。
ソースのカレントの水が、作られた空間を覆う、ガラスのような人工の天井を越えて、あふれはじめました。その空間とは、私たちが暮らしているこのマシンのことです。水が流れ込んでいった先は、紅海と呼ばれているところです。
この紅海は、目に見える海ではなく、マシンのコーザル・プレーン(因果界、物事の原因が生まれる層)のことです。水はそのまま下へ、まっすぐマシンの中へ流れ落ち、マシンにカレントを与えはじめました。マシンが息を吹き返していたのは、文字どおりほんの数時間でした。
ディープステートは、そのカレントを実際には使えませんでしたが、それが全部流れ込んでくるのは見ていました。画面にお金が入ってくるのも見たのです。その喜びようといったら、ありませんでした。
でも水門を開けたのは、彼らのコヴナントが何をしていたのかを見せるためでした。まさにその翌日、そのコヴナントは実際に切れたのです。
タンクはこう確かめました。コヴナントが切れる直前にソースが私に水門を開けさせたのは、流れ込んだものの何一つにも彼らは手が届かず、何の力も支配も持っていないと見せるためだったのでしょうか。そのとおりです。そのあと、カレントを全部引き戻すと、すべてが消えました。
もしそのカレントが彼らの水で、神ということになっているあの水運びの少年に本当に結びつき、役職を持つ人々みなにつながっていたのなら、誰にも取り上げられなかったはずです。コヴナントとは、そういう約束だからです。
誰にも取り上げられないはずのものが、取り上げられたのです。ですから、これは証明だったのです。この人たちを救えるかもしれない、とあなたは考えていたのでしょう。けれどもソースよ、はっきり申し上げます。それはうまくいきませんでした。
ディープステートには、お気の毒さまと言っておきます。タンクは、彼らはもうコヴナントに違反しているのだと言いました。そのとおりで、違反は数えきれないほどあるでしょう。
それに、彼らが持っていたのはマシンの小道具で、ソースの小道具などではありませんでした。黒い棒に白い棒、ほかにもいろいろあり、真ん中に黒い宝石がはまった、あのハートのような形をした小道具もその一つです。
椅子に収めて運ばれたベンベン石は偽物で、運んできたもう一人の男は、それが何なのかさえ分かっていません。彼らはみな、世界のあちこちにあるオベリスクへ出向き、マシンの小道具でマシンを再び動かそうとしています。
けれども当のマシンは、自分の持ち物にさえ手が届かないのですから、そもそも誰にも何一つ渡せません。
16. 生命の書が死者の書にすり替わったマシンの世界
マシンは、みなさんが感じているほどの力を持っていません。力があるように感じられ、ディープステートが全能であるかのように感じられるだけです。毎日毎日同じことの繰り返しだ、と誰もが言います。でも私にとっては、毎日同じではありません。それは断言できます。
マシンが見かけほど強くないと分かることは、いくつかあります。その一つ目は、逆さまになったマシンの世界では、生命の書がいまでは死者の書にすり替わっていることです。
誰もが死者の書に名を記されていて、生命の書に名を記されている者のほうが、マシンからは死んでいるとみなされるのです。
ですから、シミュレーションの中にいるかぎり、みなさんは歩く死者です。つまり、ゾンビだらけの終末はもう来ていて、それはみなさんと私の中にあります。少なくとも、マシンの言い分ではそうなります。
反対に、マシンの中で生者とされている者たちこそ、実は死んでいます。中国のパランという場所で生まれ、みな地面の下から出てきた者たちです。
彼らが死んでいるのは、ソースのものではないからです。その者たちを作ったのはソースではなく、ディープステートの側です。ですから、ソースの生命の書に名は記されていません。
ここでタンクが、先へ進む前に確かめさせてほしいと割って入りました。とても深い、力のある指摘だというのです。タンクの整理では、この惑星にいるホモ・サピエンス、つまり天の存在であり生きた魂である私たちのほうが、シミュレーションの中では死んでいるとみなされます。
一方、ディープステートという悪の帝国の人々は、シミュレーションの枠の内側にしか存在しません。ですから本当の意味で死んでいて、生きたことすら一度も無いことになります。
シミュレーションが崩れれば存在できなくなるので、彼らはいま命がけで戦っている、というのがタンクの理解でした。
ええ、そのとおりです。歴史をたどれば、私たちがディープステートと呼んでいるものには、多くの惑星の、多くの場所で、いくつもの版がありました。いまのこの版も、これまでと変わりません。私には皆、吸血鬼に見えます。
彼らは何をしているのか。存在するために、私たちを利用しているのです。マシンのために私たちを使い、私たちから命を吸い取っています。私たちは文字どおり、生きていくためにエネルギーも持てるものもすべて差し出して、お金と呼ばれるものを作っています。
マトリックスの中で暮らさなくていい、と言っているのではありません。それでも、彼らが私たちのエネルギーをどれほど多くのやり方で奪っているか、考えてみてください。
本来なら私たちは、自分への揺るぎない自信を持ち、あふれるほどの知恵を手にできるはずです。ところがシミュレーションの中では、私たちはそのどれも得られません。彼らのほうが王族になるからです。
王を王として立てる決まり、いわば君主法が生まれたのは、ここ、シミュレーションの中です。けれどもソースの世界には、王はいません。必要が無いのです。
いるのは仕事を持つ人たちだけで、私たちはみな仕事を持っています。王もいません。女王もいません。やる仕事があるだけ。それだけです。
彼らの側は、王と女王の役職を作り上げました。その役職は、ソースのもとを去って堕ちた悪人たちのうち、誰の血統を引くかに応じて決まっていました。こうして彼らは、堕ちた者たちの血統を継ぐ者になったのです。
堕ちた者たちとは、自分のコヴナントを置き去りにし、すべてをマシンの中へ持ち込み、あちこちのオーブへ自分のエッセンスを注ぎつづけた者たちのことです。
そうしてマシンは動きつづけました。コヴナントは一度も断ち切られず、断ち切る者も誰一人いなかったからです。そのコヴナントが、最近になってようやく終わりました。2万6千年たって、今回は更新なしです。
では、コヴナントが無くなった以上、彼らにはソースから引き出せるものがもう何も無いのか。タンクはそう尋ねました。そもそも、ソースから引き出せるものを持っていないのは、マシン自体です。
だからマシンが、王と女王を任命したのです。神であるマシンが選んだ者たちです。番組の最初に流したファン制作の動画で救世主に据えられていたトランプも、その一人です。ほかにも、自分にはそうした役職に就く資格があると信じている人たちがいます。
けれども、本物の役職などありません。裏にいて、すべてを始めた者たちでさえ、役職を持っていないからです。はっきり言います。彼らが誰を探していても、みなさんが役職を持っていると思う人が誰であっても、その人は役職を持っていません。
私自身は役職を持っていますが、それさえ手元には置いていません。本来あるべき場所に戻してある、とだけ言っておきましょう。取り出すのは、本当に必要な数秒間だけです。いつ手元にあって、いつ無いのか、誰にも分からないようにしているのです。
ディープステートに言っておきます。一日じゅう、毎日のように私に周波数を送ってきても、あなたたちが鍵を見つける助けにはなりません。無駄です。
それに、鍵だけの話でもありません。私がすることは何であれ、調和を取り戻し、この惑星を取り戻す、その修復のためです。それがこれから向かう先で、ソースのしたいことなのです。
GLLD 合意が結ばれたのは、2023年だったかもしれません。時間というものは、そもそも無いのかもしれません。
それでも、すべては時間を通して波紋のように広がっていくことを覚えておいてください。彼らがそろって堕ちる道を選んだとき、その次の段階が、海を分けてマシンを作ることでした。
こうして彼らはマシンの一部になり、決まりが変わりました。かつて、すべての人が強さを持てるようにする役職に就いていた人たちは、もうその役目を果たしていません。
安全と支配を握る王になったのです。強さを必要とする人たちの手に渡るようにする代わりに、自分たちのために取っておきました。
水運びの少年が取り計らって、ソースのカレントは2007年に門が閉じる、つまりカレントの流れが止まるまで、すべてマシンへ、彼らへと流れ込むようになっていました。門が閉じたのは、彼らにはお気の毒さまでした。運が悪かったということです。
そのうえで、年に何度かのとても特別な日に、お金がペンタゴンのようなところへ流れていきました。そういう仕組みでした。今はもう違います。だから、彼らにお金が入っていないことが私には分かるのです。
タンクは、それを許していたコヴナントはもう終わったのか、と確かめました。ええ、それを許すコヴナントが終わったので、同じことはもう二度と起きません。
彼らはこれまで、画面の数字が出たり消えたりするのを何度も見てきました。最近では、デュランガタンたち(デュランゴの工作員たちの呼び名)が、それを目にしています。画面に数字がある、画面に数字が無い。画面に数字がある、画面に数字が無い。
アメリカ財務省でも、数字があったり、無かったりします。債券も、あったり無かったりです。こうしたことがずっと続いてきました。しかも、お金だけの話ではありません。彼らはあらゆる面で、やりたいことをやるための強さを手に入れていたのです。
お金は、その要素の一つにすぎません。マジェスティック 12もその一つですし、「弱い者を守り、安全を確保する」ために彼らが必要とする技術もそうです。
彼らは、自分たちが強くなるために私たちを弱くしました。自分を大きく感じたくて、私たちを踏みつけているのです。あまりにも見え見えです。
「ほら、ホワイトハット(体制の内側にいるとされる善玉)を見て。本当によくやっている」と言う人たちがいます。本当に?そのうえ、私が十分やっていないと怒鳴られます。
マシンのプログラミングがどこに入り込んでいるのか、みなさんにも見えてきたでしょうか。正直に言って、この人たちには、何かを守る気などまったくありません。
17. 全能になれず記憶で動くマシン
死が入り込んでくるのは、マシンの側からです。そちら側にいる人たちの仕事は、マシンを守り、マシンに仕えることだからです。
一方、自然の世界にいる私たちは、ソースの限りない強さ、限りないエーテリウム、限りない力を受け取るためにここにいます。その力で毎日やるべきことをこなし、ソースがここに在りつづけるようにして、ソースに告げられた行いをしていくのです。
タンクには、それがある意味で、もっと大きく考えようという呼びかけに聞こえたそうです。創られたこの世界そのものを自分が担っていると思えるほどの責任感を持って生きる、ということです。
たとえば、子どもが家の前に出すレモネードの屋台ではなく、何かを再生させるための新しい島を作るくらいの規模で考えることです。タンクによれば、そうして大きく考えることこそ、マシンを倒すいちばんの方法です。
必要なものはソースが用意してくれますし、それは今日私が話してきた四つの力として、もう一人ひとりの中にあります。全能のエネルギーは、すべてここにあるのです。
そしてタンクは、コヴナントがもう無い今、人が意味のある形で貢献できる道があるとすれば、それはこういうことだと言いました。もっと大きなスケールで考え、行動し、生き、物事を受け入れていって、世界がどこまで変われるのかを見ていくことです。
けれども、ソースから力を受け取り、告げられた行いをしていく生き方を、大事だと思わない人たちもいたのでしょう。その人たちは、マシンの一部になった人々をもとに、自分たちとそっくりな者たちを繁殖させ、王や王族に仕立てました。
ディープステートが現れるのは、ここからです。王族も、中国の長老たちも、バイエルン・イルミナティも、世界連邦政府も、これまでの放送でお話ししてきた、この惑星を支配する構造に連なる人たちは、みなこの流れから出てきています。
マシンの世界では、ほかにも起きていることがあります。ソースがどこにでもいる遍在の代わりに、すべてを見る目のようなものがあるのです。マシンが、いつでもここに、どこにでもいるということです。
タンクは、正直に言って、これまで考えたこともない定義だと驚いていました。同じ遍在でも、いつでもどこでも人を見張っていることなのか、すべての中にソースを探すことなのかで、まるで違うというのです。
ここで、はっきりさせておきたいことがあります。マシンはずっと限られたままで、全能になれたことは一度もありません。もしマシンが全能で、限りない強さを持ち、どこにでも、本当にどこにでもいられたなら、死という、ちょっとしたものなど無かったはずです。
マシンが自分を広げようにも、そこまで多くのエネルギーは使えません。支配できる人数にも限りがあります。それも人間だけの話ではありません。マシンが乗っ取りたいものは、ほかの惑星にも、ほかの銀河にも、たくさんあります。
ソースさえ乗っ取りたいのですが、あいにく、そのためのカレントがありません。マシンは何も受け取っておらず、それがもう何年も続いています。マシンが実は死にかけているのは、そのためです。
マシンもディープステートも、もうこれ以上広がっていけません。帝国は崩れかけていて、ディープステートはそれを私のせいにしています。「あなたが帝国を壊している」という言葉を、私は実際に何度も面と向かって聞かされてきました。
ディープステートに言っておきます。そうですか、ご自由に。申し訳ありませんが、私はあなたたちのゲームに加わる気はありません。だからあなたたちは、私に譲歩させようとするわけです。私や、私の側にいるほかの人たちさえ手に入れれば、と考えたのでしょう。
でも、私はそこまで愚かではありません。そうしたいとも思いませんし、そもそも、そんな考えは浮かびもしません。あなたたちのくだらないマシンが続いてきた何十万年、何百万年のあいだ、私は一度も譲歩していません。それなのに、なぜ今日がその日だと思うのですか。
どこかの将軍だか何だかなら私を譲歩させられる、とでも思っているのですか。あなたたち自身でも、送り込んでくる工作員でも同じことです。そんなやり方は、もうずいぶん長いあいだ通用していません。いいかげん諦めたらどうですか。
それに私は、マシンに飛び込むような愚かなまねはしませんし、飛び込みたいとも思いません。あなたたちは一度、私の道具を盗み、そのときはそれが役に立ったのかもしれません。でも今、その道具はあなたたちの手元にありません。私自身でさえ、ここには置いていないからです。
私はあなたたちほど愚かではありません。必要なときにだけ使いに行き、使い終われば離れます。それだけです。
タンクが、道具はあなたたちの領域の外にある、と言い添えました。そのとおりです。しかも、あなたたちの領域は、みるみるうちに、あなたたちの領域ではなくなっています。
罪と死の法則があるのも、マシンに限界があるからです。実のところ死は、マシンが全能ではないために作られました。マシンは限りない強さを持たず、完全に遍在しているわけでもなく、そうなることもできません。
遍在していられるのはソースのほうです。ソースは限りなく創造でき、いつでも、どこにでも、誰の中にも、何の中にもいられます。マシンのほうは、一度も遍在したことがありません。
ソースのカレントが尽きれば、マシンには、最初にそれを作り上げ、そこへ飛び込んだ者たち以上の力はありません。お分かりでしょうか。マシンは、神聖な知恵ではなく記憶で動いています。
神聖な知恵が告げるのは、今のことです。知恵が渡すのは、今起きていて、今必要なもので、それが神聖なひらめきです。それを形にするための道具も、すべて一緒に与えられます。マシンには、その知恵がありません。
マシンは全知ではありません。マシンを動かしているのは記憶で、カレントの記憶、神聖な計画の記憶、そしてみなさんが何度も生まれ変わるなかで重ねてきた記憶です。マシンはそうした記憶に恐れを結びつけ、みなさんがマシンをはねのける自信を決して持てないようにしています。
今の私たちは、誘拐犯と一緒に閉じ込められているようなもので、ストックホルム症候群(人質が犯人に心を寄せてしまう心理)に似ています。
私たちは皆、ストックホルム症候群にかかっています。マシンがあまりに強そうに見えるので、ここからは抜け出せない、はねのけられない、と誰もが感じているのです。
いつもお話ししていることですが、マシンは本当は強くありません。みなさんが思っているほどの力は無く、はねのけることができるのです。
どの日でもいい、一日でも私たち全員がそろってはねのけていれば、マシンはとうに消えていたでしょう。マシンの側にいる人たちも、マシンそのものも、死んでいたはずです。
でも、それは無理です。80億人を思いどおりに動かすことなど誰にもできず、言うまでもなく、私も例外ではありません。
私がそうすべきなら、ソースがその力を与えてくれていたはずですが、そうはなっていません。ですから私たちは、次に何が来るのかをソースが告げるのを待っているのです。
とはいえ、数時間だけ水門を開けてカレントを流したのは名案でした。ソースはいつも私を賢く見せてくれます。ほら、このとおりです。あのときはどうもしっくりきませんでしたが、おかげでディープステートには、とても大事なことがはっきり示されました。
それで彼らは考えを変えたでしょうか。いいえ、まったく変えていません。いまも相変わらず、あちこちへ出向いています。
マシンは知恵を受け取らず、ソースの中にあるオール・ザット・イズの意識にも触れられません。できるのは、その意識の上に覆いを重ねて、別の向きへ動かそうとすることだけです。
意識のカレントがもう何年もマシンに流れ込んでいないので、マシンはこれまで以上に記憶に頼り、みなさんのマインドを支配しようと必死になっています。それができなければ、マシンには何も残らないからです。
18. メドベッドの約束と周波数で人を従わせる手口
マシンにできるのは意識の上に覆いを重ねることだけだ、という話を聞いて、タンクはメドベッド(体を治したり、失った部分を再生したりするとされる医療装置)を思い出したそうです。
メドベッドが早く世に出てほしいと願っている人は大勢います。タンクが聞いたメドベッドでは、腕を切り落とされると、完璧な腕の像を覆いのように重ねて映し出すのだといいます。
その像はとても正確で緻密なので、体の細胞がそこまで伸びてくると、本当に腕があるかのように、そのまま腕を作り続け、新しい腕ができあがります。タンクには、これが私の話している覆いと同じ原理に聞こえるそうです。
覆いは本物ではなく、マシンは私たちを使って、ものを創らせているだけです。その仕組みを越えられれば、私たちは本当の意味でソースにつながり、実際に創り出せるようになる。それがタンクの見立てでした。
まず、そもそもメドベッドは必要ありません。自然の世界では、仕事に腕が必要なのに事故で失ったとしても、作り方を記した完全な指示書があって、自分の腕を自分で作り出せます。本来は、そういう仕組みになっているのです。
今の医療技術でも、臓器を3Dプリントできます。本人の幹細胞を取り、ミトコンドリアを、いえ、DNA の情報一式を読み取って、必要な臓器を作るのです。時間はかかりますが、今ではあちこちで臓器が3Dプリントされています。
拒絶反応を抑える薬を飲まずに済むのですが、製薬業界はそれを嫌がります。
臓器を3Dプリントしてもらうのにアメリカ以外の国へ行かなければならないのはそのためで、製薬業界は、みなさんにずっと拒絶反応の薬に頼っていてほしいのです。それに臓器の摘出も、もちろん製薬業界の側が好んでやっていることです。
摘出がまったく必要ないとは言いません。言いたいのは、本人の幹細胞から3Dプリントする手段が実際にあり、手の届くところにあるということです。ですから、メドベッドが未来の技術でそれをやってのけるという話は、私には筋が通りません。
もっとも、ディープステートの側が、自分たちはとても強大で、みなさんには自分たちが必要だと信じ込ませたがっているのは分かります。
何から何まで彼らが必要で、製薬業界も、ディープステートも、メドベッドを作るディープステートの者たちも欠かせない、というわけです。でも、本当は必要ありません。
自分で作り出す代わりに必要だとされるのは大きな機械で、それも、ちょうど手が届かないところにある機械です。
そうなると、手に入らないものに焦がれて欠乏の中で暮らし続けるか、なりふりかまわずお金をかき集め、必死に働いて彼らにもっとエネルギーを差し出し、一台に入る費用を工面するかです。
あるいは、Q の工作員だか何だかについて行けば、ホワイトハウス行きの無料の切符がもらえて、あの動画の神が選んだという男に会えるのかもしれません。
私の言ったことは100パーセント本当だ、とタンクは言いました。タンク自身、軍と組んでいて新しいメドベッドを使えるとされるグループから、広報役として表に立ってほしいと、仕事を持ちかけられたことがあるそうです。
大がかりな話で、大金を投じた裕福な人たちが大勢、まさに私の言ったとおり、その技術が出てくるのを待っていました。メドベッドが出るという約束は、2年前に「この夏に出る」と言われたまま、今も同じ言葉で繰り返されています。
これは、タンクに言わせれば、CIA がやっているのとまったく同じ、「明日には出る」と言い続ける手口です。念のため言っておくと、そのグループは今もメドベッドを使えるようになっていない、とタンクは付け加えました。
まったくそのとおりです。いつまでたっても「明日には出る」の繰り返しです。臓器の3Dプリントなら、ずっと前から行われています。
実際、私は3Dプリントの腕を付けた人を知っていました。タンクが初めてデュランゴに来るより前の、ずっと昔のことなので、タンクは会っていません。
ディープステートは大昔からアメリカ陸軍のフォート・ブラッグ基地の地下で、グアンタナモの地下でも、臓器をはじめ何でも3Dプリントしてきました。自分たちが必要とするもののため、あるいは、それを受ける値打ちのある資産だとみなした人のためです。よくあることなのです。
マシンが全善でないのは明らかです。人に罪を犯させようと、手を尽くしているのですから。そしてマシンは、周波数で物事を変えてしまいます。
ドイツで長く軍務に就いていた二人の軍人がいましたが、二人とも亡くなりました。亡くなる前、二人はずっと耳鳴りを訴えていました。けれども医学的にはどこも悪くなく、耳鳴りと診断されたことも一度もありません。
二人は、ある周波数の電磁波を絶えず浴びせられていて、それが最終的に死につながりました。一人は動脈瘤で、もう一人も脳に別の問題を抱えていました。
要するにマシンは、周波数を使って脳波を変え、みなさんの心を支配し、歩く死者のままおとなしく従わせておくためなら、どんなことでもします。
カレントは、お金の形であれほかの形であれ、ディープステートがよしと言わないかぎり受け取れません。よしと言われなければ、生きていくことさえできないのです。だから、おとなしく従っていたほうが身のためだ、というわけです。
ソースから来たひらめきには、ほかとは違う響きがあり、その響きにも周波数が無いとは言いません。けれども響きは、人工的に生み出した電磁パルスや電磁的な力とは別物です。
電磁パルスや電磁的な力は、無理やり何かを起こさせ、みなさんの神経のパターンを変え、エーテリウムのパターンまで変えてしまいます。
マシンが使うのは、響きではなくこちらの周波数です。その周波数の多くが体を通り抜ける主な通り道は、黄金の柱と呼ばれるところ、つまり脳から続く脊柱です。
ですから、マシンが全能だとみなさんが感じても、ディープステートの側がそう感じていても、私は驚きません。それしか知らなければ、マシンはいわゆる「神」のようにふるまえるのです。
でも私たちは、そうではないと知っています。ソースが本当は何なのかを知っているからです。ソースは尽きることなく豊かで、絶えず創り続け、どこにでもいます。ただし、私たちがどういうわけか閉じ込められてしまった、ポケットのようなこの空間だけは別です。
ここへは、たぶん自分から志願して来たのでしょう。だから、私のせいにしないでください。志願したのは、みなさん自身です。「バスに乗る。行ってくる。行って、ここを直してくる」と言ったのは、みなさんなのですから。
なかには、私よりうまくやれると言う人たちもいます。その人たちには、「それなら、どうぞやってください。私の助けは必要ありません」と返しています。
間違ったことは言っていません。それが本当にその人たちの目的なら、やり遂げるのに必要なものは、限りなく与えられるからです。
私は休暇なら大歓迎です。本当です。だから、約束してください。私よりうまくやれると言うなら、本当にやると約束してください。これは脅しではありません。仕事を代わってもらうことは、私にとって少しも脅しにはならないのです。
19. 銀河中心の二重の渦とヘリオポリスから運ばれたオベリスク
タンクはここで、私たちが閉じ込められているこの空間はどうやってできたのか、そしてヘリオポリスのあの杖はほかに何を作ったのか、と聞きました。この空間が作られたことは、もう分かっています。では、杖はどうやってこの空間を作ったのでしょうか。
私たちの銀河には、天文学で銀河中心と呼ばれるものがあります。銀河中心は、銀河の中のただの点の一つのように語られ、重要ではないとされることがよくあります。でも、とても、とても重要です。
私たちの科学では、銀河中心はとても大きなブラックホールだとされています。けれども、みなさんや私の目には、大きな穴のようには見えません。ブラックホールにつきものの事象の地平線(そこから先は光も戻れない境目)が無いのは、ブラックホールではないからです。
渦であることは確かで、実在もしていますが、ブラックホールとは性質がまるで違います。科学が私に何を信じ込ませようとしても、私は気にしません。これは双方向の渦、実のところ二重の渦です。
渦の片側では、たとえば水のように流れ込んだり流れ出たりするものが、リボンキャンディー(細いリボンを折り重ねた形の飴)のように折り返しながら流れます。円を描いて渦を抜けていくこともあります。反対側へ抜けると、渦は逆向きに回っています。
そうして流れが行き着くのが、私たちがマシンと呼んでいる空間、つまり私たちのいるこの場所で、カレントはここへ向かって流れてきます。
では、カレントは本当はどこから来ているのでしょうか。ソースそのものです。少なくとも長いあいだ、カレントはソースから銀河中心へ、銀河中心からソースへと行き来していました。
この1週間で、地球は銀河中心に対して、マシンが作られたときとまったく同じ位置に戻り、あの特別な並びがそろいました。時間は円環です。
ですから今は、もう一度まっすぐに並び直す絶好の機会です。並び直す相手は、私たちがブラックホールと呼んできた最初の渦、つまり銀河中心の逆向きの渦で、これはある時点まではソースの中にありました。
門が閉じたあと、ソースの思考の中にあるオール・ザット・イズを除いて、すべてのものがこの並び直しの機会を得ています。
そうなると、いろいろなことが急に逆向きに動き出すのに、うってつけのときです。まあ、そう言っておきましょう。
ソースはあらゆるものについて神聖な計画を持っていて、その計画の一部が今、動き出しています。みなさんが神の介入と呼ぶような形で、ソース自身がこの動きに加わっているのです。
タンクはここで、昨夜の『Declassified』でヨム・キプルの話と一緒に取り上げた終末の予言を持ち出しました。あの予言にも、突然、神の介入が起きるという話があったのではないか、というのです。たしかに、あの予言は神の介入を語っていました。
昨夜、いえ一昨夜に、私たちは、2万6千年の周期が一巡して戻ってくる、あの回帰点を迎えました。ですから、こういうことが起きても珍しくはありません。並びは今、まっすぐにそろっています。一周して、マシンが作られた始まりの地点に戻ってきたのです。
ディープステートが、日の当たらないあちこちの穴の中や地下に小道具を押し込んでいても、マシンを動かしてきた者たち全員のコヴナントは、もう切れています。
世界のあちこちにはオベリスクがあり、今まさにディープステートの者たちが出向いているワシントンDCにも立っています。おもしろいことに、これらのオベリスクは、たしか二つを除いて、どれも今のカイロのあたり、かつてヘリオポリスと呼ばれた太陽の都市から来ています。
そのためオベリスクは、銀河の中心にある太陽へ通じる導体になりました。空に見えるあの太陽ではなく、銀河中心のことです。
オベリスクはロンドンへ、ニューヨークへと運ばれ、ローマとその周辺には4本あります。そのうち1本はバチカン市国のちょうど真ん中に立つ大きなもので、番組の中で流した動画にも映っていました。
私が話している今も、ディープステートの者たちは実際にそうした場所にいます。彼らは、あのベンベン石が収められているかもしれない王座の椅子を探して、場所を一つずつ当たっています。園の墓へも、エジプトのピラミッドへも行っています。
誰もが、同じ血筋の先人が担っていた役目の一つを継ぐために、行かなければならない場所を探しているのです。たとえば、古代エジプトの王妃ネフェルティティの役目です。
一方でソースには、この週末とこれからの数日に起きることについて、別の計画があります。時間は円環ですから、私たちは今、すべてが始まった、まさにその地点に戻ってきています。ディープステートの者たちのコヴナントは、実際にすべて切れています。
ソースは今週、彼らに最後のチャンスまで与えたようです。「ほら、これが流れだ。だが、去っていく。去っていくぞ」と言わんばかりに、流れを見せたのです。
タンクはそれを、ソースが「私はまだここにいる。あなたたちは勝っていない」と彼らに知らせているのだ、と受け止めました。
そして今、私たちはこのシミュレーションの牢獄が作られた、まさにその瞬間に戻ってきています。
タンクは、これはかなりわくわくする話で、自分も介入を待っているけれど、あなたはどうかと私に聞きました。もちろんです。とてもわくわくしていますし、実際に起きると思っています。
タンクは、奇跡は日常のことで、神は常に働き、ソースは常に動いていると、ずっと信じてきたそうです。
けれども今は、それが何の干渉も受けずに実際の暮らしの中に現れるのを、見る機会がある、とタンクは言います。私たちを抑えつけ、怖がらせるために、生まれてからずっと聞かされてきた恐ろしい話の正反対です。
「新しい天と新しい地が作られる時代に、私たちは生きている。もっと大きく考える時だ。ソースから来るエネルギーと本当につながって、見せてやろう」とタンクは呼びかけました。
「産湯と一緒に赤子を流すな」という言い回しがありますが、赤子がマシンで産湯がディープステートなら、私に言わせれば、ソースには両方まとめて流してもらって構いません。どうなるか、見てみましょう。
こうしたことはすべて、ここ数日のあいだに実際に起きていて、今週レポートが無かったのも、収録を昨夜にしようとしていたのも、それが理由の一つです。明日なら何か言えるかもしれない、そのときには時が来ているかもしれない、とも考えていました。
けれども、この『Beyond the Matrix』の続きを仕上げる時は、まだ来ていません。残念ながら、これ以上は言えません。知っていても、言えません。
言えるのは、今何が起きているのか、そしてディープステートが何を待っているのかです。彼らは、月曜(10月5日)までにすべてが起きると見込んでいて、何度も何度も先延ばしにしながら、ここにカレントが来るのを待っています。
ディープステートに言っておきます。小道具、小道具。あなたたちがそれを見つけて、ちゃんと働かせられるといいですけれど。汝のマシンのオベリスクは、まことの杖に等しからず。
以上、2026年10月3日の『Beyond the Matrix』でした。今週、事がどう運ぶのかを確かめるのを楽しみにしています。
私に言えるのは、あの並びがすでにそろったこと、そして今この瞬間も続いていることです。この先数日は続くと思いますが、ディープステートの望むとおりにはなりません。
それまでのあいだ、みなさんは何をすべきか分かっているはずです。マシンをはねのける方法を知っているのですから。みなさんがそれをやってのけるのを、心待ちにしています。良い一週間を。またすぐにお会いしましょう。さあ、世界を変えに行きましょう。