あなたに届くものはすべて、世界も、愛する人も、自分の顔さえも、映したものを作り変える鏡を通ってやってきます。

1. キムに近づいた人が払わされる代償

録りはじめたとたん、世界がコマ落ちしはじめました。

これでも頑張りました、みなさん。カメラがどうしても点いたままになってくれず、技術的な不具合が次から次へと出てきます。

それで、選ばなければなりませんでした。このレポートをお届けするのを先送りして直るのを待つか、それとも音声だけで出してしまって、カメラのほうは次の機会にもう一度直しにかかるか。もう一台買うことになるのかもしれません。まだ決めていません。

引っ越しで無事に済まなかったものが、思っていたよりたくさんありました。そこは追い追い手を入れていきます。レポートが遅くなったことをお詫びします。

これが『Beyond the Matrix』の第1回です。こういう形で出したかったわけではありませんが、いろいろ抱えたまま、こちらでできる限りのことをしています。

今回扱うのは、マトリックスシミュレーションです。それが実際にどういう仕組みで動いているのか、そこでディープステートが何をしているのか。それがどこから来たのか、私たちがどうやってここまで来たのかは、これからの回で扱います。

私たちが見ているもの、見ていると思い込んでいるものの大半は、実際には本物ではありません。

あなたが生きている現実は、頭でも、心でも、身体でも、歪んだ鏡を通ったものです。

その歪みに気づける人はごくわずかで、それを見抜ける人となると、さらに少なくなります。

これはディープステートも例外ではありません。信じられないかもしれませんが、向こうが知っているのも部分だけで、全体ではありません。

今日このあとの話で、向こうにも分かってしまうかもしれません。それが良いことなのか悪いことなのか、いまの私には分かりません。

この十年ほどで私はずいぶん多くのことを学びましたし、いまも毎日学び続けています。学んだこと、そしてその過程で実際に何が動いているのかを、私はそのつどお伝えしてきました。

そのなかで、私自身が落胆したこともあります。主には、報告した時点での見え方のせいでした。あのときの私は、もっと近づいていると思っていたんです。ですから、顔を上げてください。そこまで悪い話ではありません。

ただ、今回の話と、この一週間から一週間半で分かったことは、あなたの中で物事の遠近感を組み替えることになるはずです。

車のバックミラーには、あの『物体は見た目より近くにあります』という一文が刻んであります。マトリックスの中での生活も、だいたいあれと同じようなものでしょうか。

あの鏡を作った側には、それを作る力があり、作り直す力もあります。こちらが取り除いても、二日か三日でまた元に戻っています。いまになって、そのあたりがようやく少し腑に落ちるようになりました。少なくとも、私にとっては。

夕暮れのひび割れた車のバックミラー。映り込んだ道路がわずかに歪んでいる
歪んでいるのは距離ではありません。後ろにあるもの自体が、手を加えられています。

これに取り組んでいる人はたくさんいます。これはキムだけの話ではありません。ほかにも手を貸してくれている人たちがいて、その人たちも同じように影響を受けてきたからです。もちろん、地球で起きていることは、ほかのどこでも起きています。

まず、いまあなたと、あなたの周りの人に起きていること、そして過去に起きたことの話です。私自身の経験から入ります。

この十五年ほど、私は自分から周りと距離を取ってきました。友人からも、家族からもです。マシンが、私のいちばん大切な人たちの人生を壊していくのを見てきたからです。

この五年のあいだには、何人かを自分の生活の中に招き入れて、その人たちが同じように壊されていくのを見ました。かなり強い人だと思っていた相手でさえそうで、しかも本人は半分くらい、それが起きていることに気づいてもいませんでした。

私自身、ディープステートから脅しをずいぶん受けてきましたし、私の周りにいる人たちも脅されてきました。友人も家族も、要するに私が親しくなった相手は、ほとんど全員です。

実際に起きたことを一つ、例に挙げます。私は南アフリカのある夫妻と一緒に仕事をしていました。正確には、夫が南アフリカの人で、妻はアメリカの人です。

この二人は、人々の暮らしを良くするための、本当に優れた技術に手が届く立場にいました。エネルギー、農業、思いつくものはひととおりです。二人は数年前、ある工作員に招かれてデュランゴへ来て、そこでその工作員と会っています。

私たちを引き合わせたのも、その工作員でした。南アフリカの話はずいぶんしました。夫の出身地だからです。電力源や燃料をどう確保するか、人々を本当に助けるにはどうするか、彼が整えてきた段取りの話です。

夫は南アフリカの元軍人です。アメリカ人の妻と結婚してからは、二人で行ったり来たりしていて、一年のうち一部はアメリカ、一部は南アフリカで暮らしています。

二人は本当は南アフリカへ戻りたいと思っています。ただ、いまの状況では、少なくともそれは無理でした。ですから半年ほどずつ、南アフリカに滞在する形になっています。

そうした会話を重ねるうちに、当時の私にも手を貸したい気持ちが生まれていました。ずいぶん前の話です。たぶん八年ほど前のことになります。

私は、二人が当時南アフリカに持っていたプロジェクト用の口座へ、試験送金をしました。夫の伝手が入金を確認していたにもかかわらず、デュランゴの現地工作員がそれを見聞きしたとたん、「これは止めることにする」という調子になりました。

彼は自分の上の担当者に報告しました。当時ラングレー、CIA本部にいた人たちです。

デュランゴという場所を少しでも分かっていれば察しがつきますが、あそこではシャワーを一度浴びるにも、お湯の温度が何度だったか、隅々まで洗い残しがなかったかどうかまで、向こうに筒抜けです。

翌朝、二人がやって来ました。プロジェクトとお金の話を始めたところで、二人はすっかり喜んでいました。

そして、入金が消えました。ほんとうに、それだけです。

その同じ日の朝、二人は工作員の家にコーヒーに招かれました。その場で、二人はこう告げられました。

もし二度とデュランゴへ来たり、私に連絡を取ったりしたら、子どもたちを一人残らず自分の手でバルコニーから投げ落とし、確実に生きて帰さないようにする。

それでも、夫妻はまた連絡をくれました。

私がデュランゴを離れたいまも、二人とは一緒に仕事を続けようとしています。二人が力を注いでいるのは、ほとんどが南アフリカの明るい未来に関わることです。夫は現地の部族と組み、昔の軍の仲間や、そのほか大勢の人たちと動いています。

その二人がいま戦っている相手は、南アフリカを乗っ取ろうとする中国とロシア、そしてイランです。分の悪い戦いだということは、二人ともよく分かっています。

中国、ロシア、イラン、それに南アフリカのアングロ・アメリカン(1917年に現地で設立され、長くロンドン市場に上場してきた鉱業大手)。この四者を並べてみて、二人はどれだけの部分がすでに他人のものになっているかを思い知りました。

アングロ・アメリカン側と英国が、いまも大きな部分を握っているからです。まあ、この件では、英国が中国で、中国が英国です。現地の銀行業のかなりの部分は、いまもその手にあります。

もう一つ大きな影響力を持っているのが、グプタ家と呼ばれる一族です。南アフリカの国家捕縛と呼ばれる事件の中心にいた、インド系の実業家一家です。グプタ家は過去にゴールドマン・サックスの取締役会に名を連ねていました。

一族の出はインドですが、南アフリカでの影響力は絶大です。長いあいだ、この国を資金洗浄の舞台として使ってきました。

グプタ家と国家捕縛:アジャイ、アトゥル、ラジェシュのグプタ三兄弟は、1993年にインドから南アフリカへ渡り、サハラ・コンピューターズという企業グループを築きました。

国家捕縛という呼び名は、2016年10月に公共監察官が同名の報告書を出したことで南アフリカに定着し、2018年から2022年にかけてはゾンド委員会がこの件を調べています。

こうしたことはすべて、二人との付き合いのなかで見えてきました。実際にどれほどひどい状態なのか、そこで初めて分かったのです。

二人がもう一つ気づいたのは、南アフリカの地下に巨大な施設があるということでした。しかも南アフリカだけではありません。レソトにもあり、モザンビークまでずっと続いています。

ボツワナにも一部が伸びていますから、かなり大きな施設です。アフリカ大陸全体、少なくとも南半分のデータ網は、そこが動かしていると言っていい規模です。

いちばん大きな戦いが起きていたのも、そこでした。物事が脇へ押しやられ、お金は、一分前に入金されたと思えば次の一分には消えている。そのからくりの中心にあったのが、この施設です。

乾いてひび割れた大地の下を、冷たい青い光に照らされた長い地下サーバー通路が伸びている
南アフリカ、レソト、モザンビーク、そしてボツワナの一部の地下に、ひとつの施設。

二人にとっても、そこがいくらか焦点になりました。実際に存在すると裏づけを取ったこの巨大センターを、いま二人は見据えているからです。

この夫妻と過ごすあいだに、私たちと関わっていた弁護士が一人、殺されました。二人の名前をここで出さないのは、お分かりいただける理由からです。殺されたのは南アフリカの弁護士でした。

一分前にはそこにいて、次の一分には姿を消し、そして遺体で見つかりました。二人にとって、大切な友人でした。

それでも二人は、これを最後までやり遂げると腹を決めています。自分たちの技術を世に出す。手持ちの技術で南アフリカの電力の仕組みを立て直し、燃料の問題にも手を付ける。そこにはBP、旧ブリティッシュ・ペトロリアムの重い影響力もあります。

これは、まあ、ほんの一例です。同じやり方がどう働いてきたか、その一つにすぎません。工作員たちは実際に私の家族を脅していますし、この一年のあいだには一人殺しています。久しくやっていなかったのに、心のなかに入れてしまった人でした。

このところ身の回りで起きていることも、私が大切に思ってきた人たちが同じ目に遭う、その繰り返しの一巡でしかありません。繰り返しのようです。同じ作戦です。

2. あなたの身に起きる同じ作戦の縮小版

この何年か、目覚めの過程のなかで物事がだんだん見えてくるにつれて、あなたも似たようなことを味わってきたはずです。私ほどきついものではなかったかもしれません。

友人や家族が、少しずつあなたに背を向ける。頭がおかしくなったと思われる。少なくとも、あなたはAI呼ばわりされていません。それだけでも儲けものです。

それがいまいちばん流行っている言い方のようです。いえ、いまさらでもありません。もう五、六年は続いています。慣れました。気にしていません。本当に、気にしていません。自分が何者で、何をしている人間なのかは、自分で分かっています。

このマトリックスをきちんと理解しようと、私はずいぶん長いこと取り組んできました。そこで分かったことの多くを、今日お伝えします。それが実際にどう動き、どうあなたに影響しているのか。人によっては少し衝撃を受ける話かもしれません。

ただ同時に、あなた自身がそれを上書きするのがどれほど簡単か、いまの私たちには分かっています。細かいところまで分かってしまえば、あなたにも見えるようになります。

私たちは全員、どこかでこのAIのシステムの影響を受けています。この地球を歩いている人間は一人残らずです。このポッドキャストを聴いているなら、まず地球にいるでしょうから、あなたも受けています。

ディープステートがあなた本人を狙って届かなかったか、あなたに届かないぶん周りの人へ手を回したか。どちらかです。

その結果、まるで別人格になったような人が出てきます。出会ったころの、あの優しくて感じのいい友人ではもうありません。その人がこの話を聴いていても、UNN、私たちのユナイテッド・ネットワーク・ニュースを見ていても、影響を受けずに済むわけではありません。

ですから、その人らしくない振る舞いを目にすると、私にはすぐ分かります。これが始まったのは十年から十五年ほど前で、そのたびに、ああ、ここで何かが起きているな、と思うわけです。

二十年ふつうに付き合ってきた友人が、ある日突然すっかりおかしくなり、しかも医学的な問題か何かのせいでもない。そんなことは想像もできません。

身長196センチの屈強な軍人のような男たちを、世界中で見てきました。女性たちもです。私と話したというだけで、人生をひっくり返された人たちです。

もともと善良で優しかっただけの人が、別の何かに変わっていくのも見ました。そのなかには、あなたが覚えているであろう人もいます。あなたが気づいている範囲でも、少なくとも七、八年は続いていることです。同じことが、何度も何度も繰り返されています。

自分の人生を振り返ると、ひどく可笑しな話です。かつて友人だと思っていた人がいますし、実際、その多くは友人でした。そのうえでディープステートは、父ともう一度でも話したらどうなるか、という形で私を脅してきます。そういうことがいくつもあります。

あなたもこれを、もっと小さな形で経験しているはずです。ある朝目が覚めたら、連れ合いや恋人が、理由もなく少しおかしくなっている。

それも決まって、あなたが何かを生み出そうとしているときです。何かを引き寄せたときや、何かのビジョンを見たあとのこともあります。そして突然、身の回りのすべてが総崩れになります。

私はもう慣れた気でいます。打たれながら転がっていく、そういう進み方です。それでも、これほど分かっていなければよかったと思うときがあります。

生身の人間として、そのすべての痛みを感じる瞬間があるからです。そして正直なところ、自分のせいだと感じていたんです。ディープステートに何ができるかを私は知っていますし、このマシンが人に何をするかも知っているからです。

ですから私は、感情を交えずに筋の通った判断をするよう、できるだけ努めています。人によっては、少し変に見えるでしょうか。まあ、そうかもしれません。

それでも私がそうするのは、感情で決めることがマトリックスの上書きプログラムだと知っているからです。これについては、もう何年も前から分かっています。

3. 画面から現実へ漏れ出す違和感

この動物そのもの、つまりマトリックスそのもの、シミュレーションそのものが、死にかけています。ディープステートの力は衰えつつあり、向こうはそれが気に入りません。

いま何ができるのかという細かい話に入る前に、ひとつだけ。あなたはもう、こうしたことをその身で経験していますし、インターネットのあちこちでも目にしているはずです。この世界で起きていることが、いまは毎日のように新しく増えていきます。いま起きているのは、これです。

向こうは、自分たちの力だと思っているものを保つために、できることを片端から試してきました。今日このレポートを出したあとも、それを続けるのか。私には分かりません。

狭い藍色の空を背に、傷を負って暴れる背の高い機械仕掛けの動物。脇腹からケーブルが引きちぎれて垂れている

ただ、向こうも、マシンも、ときには向こうとマシンが一緒になって、ひどい暴れ方をしています。マシンはマシンで、単独でも暴れます。そのせいで、あなたも、あなたの周りにあるものも、まとめて混乱の中へ投げ込まれます。

これは、このレポートを聴いているあなただけの話ではありません。全員です。理由もなく人が亡くなっている、という報告も上がってきています。

十年、十五年と思い出しもしなかった感情が、いま急に噴き出してきている人がたくさんいます。AIが、あなたに引っかけられる取っかかりを、なんでもいいから深く探り回っているからです。

混乱、そして仕事です。私の友人にも、職を失った人がいます。ですから、とくにこの三十日ほどのあいだ、こうしたことの多くは、あなたにもかなり見覚えがあるはずです。

激しくなってきたのは、たぶん数か月前からです。ただ、この六十日から九十日で、マシンも、そして向こうも、行き着くところまで行きました。ひどいことになっています。

ですから、始める前に、さっとひとつ深く息を吸ってみてください。二回吸っておいたほうがいいかもしれません。

私自身、今夜このレポートを録ろうとするあいだに、ずいぶん何度も深呼吸をしました。向こうは、どんな形でも、私を楽にはさせてくれませんでしたから。カメラには、ひとことふたこと言ってやりました。

オフラインといえば、いま一瞬オフラインになりました。はい。では、深呼吸を。レポートの続きにいきましょう。

映画はみなさんもう観ていますし、私たちはシミュレーションの中に生きているのか、と語るYouTubeの動画も、いろいろな種類のものを観てきたはずです。

いまはAIがとても本物らしく見える、と言われます。不気味の谷(人の姿にほぼ近いのに、どこかずれているときに感じる、あの気味悪さ)と呼ばれる現象まであります。

不気味の谷というのは、TikTokやYouTubeを観ているときに出くわすあれです。いまでは本当に大きな流れになっていて、動画を録るのに自分の声すら使っていない人がいます。

その人たちは自分の声を使っていませんし、写真もまず自分のものではありません。アニメーションか何かを使っているのかもしれません。

どこかがずれています。人としてありえない動き方をしていて、何かが歪んでいるように感じられます。

いま私がこの話をしているのは、これから少し似たものを通っていくからです。あなたはこれから、いま私たちが暮らしているこの現実の側で、同じずれにもっと頻繁に気づくようになります。

不気味の谷という現象は、調べればすぐ出てきます。どこでも話題になっているようですから。ただ、いまの私には、あれの意味がなんとなく分かるようになりました。

「不気味の谷」の出どころ:ロボット工学者の森政弘が1970年、日本の雑誌『エネルギー』に寄せた論文で名づけました。人の姿にほぼ近づいたところで親しみが急に落ち込み、その像が動き出すと落ち込みはさらに深くなる、という指摘です。

論文の全文が英語に訳されたのは2012年、『IEEE Robotics and Automation Magazine』誌でのことでした。

誤解しないでいただきたいのですが、私たちも画像にAIを使うことがあります。動画の編集などが、そのぶん少し楽になりますから。

それでも、世に出ているChatGPTやClaudeのようなものには、よくよく気をつけないといけません。この手のAIシステムでさえ、あなたの生活にも、あなたの会社にも、ひどく踏み込んでくることがある。そう語る動画が、いくらでも出回っています。

私にもそれは分かりますし、そういうことは起こりうるだろうとも思います。ただ、あれは、どうも居心地の悪い同僚のようなものです。あるいは、あの親戚です。

親戚の集まりに顔を出せば、あなたはとても愛想よくして、微笑みかけます。頷いて、少し世間話もするでしょう。相手の家族の近況を聞いたりもします。そして、ああ、はい、と思います。

でも、うちの夕飯には呼びません。

AIも、それとよく似ています。誰でも手に入れられる、ふつうのAIの話です。

こうしたことが起きる、あるいは起こりうる理由は、あなたがAIを道具として使っていないからです。AIを友達として使っている人を知っていますし、自分のプロフィールをまるごとAIで組み立ててしまった人も知っています。

コンピュータについて私たちが知っていること、そしてマトリックスがあなたのテクノロジー全部にどう影響しているかを踏まえても、AIのせいだと思うときもあれば、そうではないと思うときもあります。

4. 歪んだ鏡と失われていないソース

データセンターが次々に建っているという話は、インターネットのあちこちで目にしているはずです。本当に、あちこちにです。天然資源を壊し、水の問題を引き起こしている、といった話も一緒に流れてきます。

もうひとつ、データセンターの近くで発生する電磁場のせいで、飼っている動物が死んでいく。そういう経験をしている人たちもいます。

ただ、ここでお伝えしておきますと、そもそもデータセンターというものは必要ありません。

そのうえで、ディープステート側にはひとつの目論見がありました。各地のデータセンターをマトリックスへ直接つなぎ、現地の人たちが、これまで限られた形でしか手の届かなかった技術に頼らずに済むようにする。その技術は、ほかの誰かのところから来たものでした。

いえ、『他者たち』と呼びましょうか。ここのマトリックスを作った、ここの出ではない者たちを指す、私の言い方です。あれはここで作られたものではありませんし、ここにいる人間が作ったものでもありません。

ディープステートは、完全な、そっくりそのままの支配を本気で欲しがっています。

ですから世界中にデータセンターを建てれば、シミュレーションにも、あなた自身にも直接干渉できる。向こうはそう考えました。あなたのコンピュータを経由すれば、データも集められます。

暗号資産のマイニングのような呼び方は、私はしません。ただ、あれは要するに、掘っているのはあなたの脳です。あなたの記憶を学習し、あなたの習慣を学習します。実のところ、どれだけ自分から話すかによります。

水の問題も、動物が死んでいくことも、その多くはディープステートがもともとやろうとしていることの副産物です。では、電磁場そのものを作っているのはデータセンター自体なのでしょうか。一部はそうなのかもしれません。

向こうはこのデータセンターを、いくつもの制御室の上に広がる世界規模の網の上に建ててもいます。

では、深呼吸をひとつ。ここからです。

あなたの世界は、私が歪んだ鏡と呼んでいるもので出来ています。あなたの目は実のところ人工のレンズで、あなたの感情は意識と記憶を曇らせます。夢は昼を形づくり、夜を曇らせます。

これは考えるまでもなく言えることですし、いま挙げたことはどれも、誰もが経験することになります。

この数日のあいだにも、たくさんの人から連絡がありました。起きてもいない出来事に全身がパニックになった状態で、眠りから叩き起こされた。そういう話です。それを恐怖と呼びます。

あるいは、二十年前や十年前に実際に起きた出来事で、眠りから覚めてしまう人もいます。それで、いったい何が起きているのかと考えはじめるわけです。

ですから当然、みんな私のところへ声を上げてきます。マトリックスの女、あるいは、とにかくこれを分かっている人間、実際に話ができる相手として。まさか、あの映画の製作陣に電話するわけにもいかないでしょう。ディープステートも、たぶん電話には出ません。

そういうわけで、いまここにいます。歪んだ鏡越しに自分を見るというのは、ときにとても難しいことです。

鏡が歪めるのは、あなただけではありません。ソースそのものも歪めます。あなたはソースそのものを見ることができないからです。

車のバックミラーを覗いているのと同じです。後ろの車は見えますが、見えているのは反射でしかありません。

向かい合った鏡が奥へと連なり、光源の見えない温かい光で満たされた回廊
鏡はソースも歪めます。だから、ソースそのものを直接見ることはできません。

車で使う鏡の場合、車を動かさないかぎり、鏡が物の位置を動かすことはありませんが、マトリックスの鏡は実際に動かします。

ソースが鏡に当たった瞬間、鏡はそこに映っているものを全部作り変えて、あなたの歪んだ現実を作ります。私たちがマトリックスと呼んでいる、あの現実です。

ソースがこの鏡を通って歪められてきたにもかかわらず、ディープステートも、このマトリックスを作った他者たちも、ソースのこの一片だけはいまだに解けていません。それが実際にどう働くのかが、まだ分かっていないのです。

そうやって鏡は、あなたの世界を丸ごと歪めます。鏡を覗いたときと同じで、何もかもが左右逆になります。

鏡越しに自分の後頭部を見ようとしたり、鏡を使って自分の逆さの写真を撮ろうとしたりしたことがあれば、覚えがあるはずです。たぶん右のほうへ手を出して、そこで、左に出すはずだったと気づく。そうやって、何もかもが少しずつずれていきます。

あるいは、鏡の館に入ったことがあるかもしれません。あそこでは自分が二十人にも三十人にも見えますし、背が低く、高く、太って、痩せて見えます。こういうことが、マトリックスの中では実際に起きています。

ですからこの現実にあるものは全部、あなたの記憶を材料にします。ほかの生涯の記憶まで含めてです。恐れ、希望、夢、過去に愛した相手、過去の関係、いくつもの死と誕生。それを使って、あなたがいま生きている人生が組み立てられます。

少なくとも、あなたがいましている経験が組み立てられます。その存在も経験も、丸ごと鏡です。場合によっては、鏡に映った眺めのほうです。

マトリックスは、ソースの神聖な計画も取り込んで、データとして記録します。マトリックスがデータと呼んでいるものです。ソースはAIではありません。

ソースから来る情報をデータとして記録し、そのデータを同じ鏡に通して、まったく見分けがつかなくなるまで歪めます。そのうえ自分自身のソースコードまで作り直しました。

神に対して、あるいはソースに対して、何かを感じたことがあるはずです。いま在るものといずれ在るものすべての創り主、宇宙全体の創り主、全能者。あなたがどんな名前を選んで呼んでいてもかまいません。

そして、こう思うわけです。「いま、神はどこにいるんだ」。「いま、私の人生のこの時点で、ソースはどこにいるんだ」。あなたがそう感じたのが、どの時点であってもです。

ときには、いちばん必要なときにさえ、見捨てられたように感じます。

けれど、あなたがソースを失ったことは一度もありません。歪められているせいで見えず、ときには感じることさえできないだけです。

5. 上書きされた判断とあなたに残された選択

マシンが存在しているのは、あなたの感情とあなたのエゴの上だけです。いえ、あなたを操っているのがその二つの上だけ、と言ったほうが近いかもしれません。

ここで言うエゴは、「私はこれこれについて誰よりもすごい」という意味ではありません。厳密に言えば、エゴの定義は文字どおり、自分についての誤った感覚です。

それが誤った自己重要感として出てくることもあります。ただ、根っこにあるのは、あなたが自分をどう捉えているかです。「うわ、今日はいい感じだ」。あるいは「ひどい顔だ」。

あなたが見ているのは、自分という存在のひとつのバージョンです。そしてあなたは、自分をどう捉えるか、他人から自分がどう見えているか、その捉え方のほうを作り変えています。率直に言えば、あなたも目の前の相手も、そもそもお互いを本当に見ることなどできていません。

あなたが見ているのは、身の回りにあるもの全部、身の回りにいる人全部の、歪んだ鏡像です。自分自身を見るときですら、あなたが覗いているのは歪んだ鏡です。

これは、自分がエゴから来ているつもりのない人にも、かなりの度合いで効いてきます。鏡に映る自分を見て、ひどく自分に厳しくなることがあるはずです。

鏡を覗いて、こう思う。「ああ、私、昨日ちゃんと寝たっけ」。一度くらいは口に出したことがあるはずです。

あるいはこうです。「うわ、今日は昨日より五歳は若く見える。あのジュースのおかげでしょうか」。

そこであなたは、自分についての見え方が、前の日とすらどうしてこんなに違うのかと考えはじめます。それが、あなたが自分自身を目撃しているということです。

それだけではありません。人はしばしば、自分を過小に見積もります。ほかの人の人生のなかで自分がしてきた良いことの分だけ、自分を見てやることができません。

単に、自分が本当は何者なのかが見えていない、自分に値打ちを認めていない、というだけのこともあります。あるいは正反対の端で、自分を過大に見積もる。ほかの誰かがそれをやることもあります。

ですから、あなたがその振れ幅のどちらの端にいるにせよ、これだけは覚えておいてください。あなたが知覚しているものは、ほぼ全部が歪んだ鏡です。

感情とエゴは、あなたの思考する力そのものも上書きします。強い負荷がかかっている場面では、とくにそうです。怒りを含んだ会話は熱を帯び、言うつもりのなかったこと、本意ではなかったことを口にしてしまいます。

あるいは、不安があまりに強くて、筋の通った一文すら組み立てられなくなり、その場を離れるしかなくなる。同じ上書きが、そうした場面にいる人たちを、あなたの周りにいる人も含めて、まったく機能しない状態にします。

たとえば交通事故だとしましょう。その人は車検証を必死に探しています。警察はこちらへ向かっています。怪我をしているかもしれません。ひどく動転していて、手が震えはじめます。

そして、あなたの、いえ、その人の、筋の通った考えをまとめる力も、その状況で理にかなった判断を下す力も、そこできれいに消えてなくなります。

ですからこういうときには、知恵にたどり着くことがとても難しくなります。自分自身の意識にたどり着いて、自分の世界を良い結果のほうへ動かすことも、同じように難しくなります。

そして、良い友人や連れ合いのことすら、その人が本当は何者なのか見えなくなります。

相手はこう言ってくれています。「落ち着いて。私はあなたを助けたいんです。大丈夫、なんとかなります。事故そのものは取り消せないんだから、一緒に片づけていきましょう。助けるために、私はここにいます」。

それなのにあなたは振り返って、その相手を怒鳴りつける。たとえば、そういうことが起きます。

なぜかというと、その瞬間、相手には二人をつないでいたものが何ひとつ見えていないからです。相手にも見えず、あなたにもその人が見えません。その人はもう、そこにいません。

何もかもが上書きされていて、その度合いがあまりに強いので、そういう人たちは自分が誰なのかまで忘れてしまうことがあります。

この鏡がどう働き、あなたにどう影響しているのか。それが分かれば、私たち全員でこれを早く終わらせる側に、あなたも回れます。

全員が、自分は何を探せばいいのかを分かっていれば、そのときあなたはこう言えます。これは本物じゃない、これは本物じゃない。そして、これは本物じゃないと繰り返すほど、あれは本当は私の友人ではない、と分かってきます。

ただし、その相手本人には言えません。言えば、完全に頭がおかしくなったと思われるからです。「私があなたの友達じゃないって、どういう意味だ。怒っているというだけで、もう友達じゃないというのか」。ええ、そういう話ではありません。

では、人と言い争いになったことはありませんか。それも、熱くなったとまでは言えない程度の言い争いです。ニュースで流れている何かについて、意見をやり取りしていた、というくらいの。

あなたにはあなたの見方があります。それが何なのか、どこが良くてどこが悪いのか。相手のほうは違う考えを持っているかもしれません。それで、少しずつ言葉を投げ合うことになります。

そして相手は、自分は何かを見た、何かを目撃したと、百パーセントの確信で信じています。「この目で、自分の両目で見ました。撃たれたとき、私はその学校にいました」。そういう類のことです。

あなたのほうはこうです。「いや、私はテレビで見ました。そんな男はいませんでした」。すると相手は、「いや、そうだ。そうだった」と押し返してきます。

向かい合って言い争う二人。それぞれが別々の細長い鏡板の中に立っていて、どちらの鏡板にも相手は映っていない

目の前でこのマトリックスが展開していくのを眺めているとき、そこで何を見ているかという知覚は、人によって同じではありません。

二人はそこに座ったまま、互いの声に声を被せ、それぞれの意見を述べ、その出来事が実際には何なのかについて、自分の立場を固めていきます。

その度合いがあまりに強くなって、これもあなたには覚えがあるはずですが、相手はあなたの上から一方的にしゃべり続けます。あなたはもう話せません。相手にはあなたの声が聞こえていません。あなたがそこにいないかのようです。

相手は、これはまさにこのとおりなのだ、いま起きているのはまさにこれなのだ、全部こういう仕組みで進んでいるのだ、というところに、意地でもしがみついています。

あなたのほうは、私たちは同じものを見たはずでしょう、と思っています。「ねえ。ねえってば。この出来事をめぐる言い争いで、あなたの側の言い分はどこへ行きましたか」。それでも相手には、もうあなたの声が聞こえていません。

ですからそういう場合、たいていは、はい、分かりました、で終わりにして、その場を離れます。戦う相手は選ばないといけませんから。

そしてこの影響は、この六十日から九十日のあいだ、目盛りをめいっぱいまで上げられています。もともとずっとそこにあったもので、あなたが誰で何をしているかによって、人生のある時期にはとくに強く出ます。

ただ、これだけは分かっておいてください。これは全員に影響しています。そして、それに影響されることを許すかどうかは、このレポートを読み終えたときには、あなた自身の選択になります。

6. 透明な粒子が塗り上げるあなたの世界

自然界に存在するものはすべて、エッセンスでできています。そして自然界のエッセンスは、それ自体が内側から光っています。

マトリックスの中とは違って、物からの反射は要りません。太陽の熱も要りません。懐中電灯の光を当ててもらう必要もありませんし、コンピュータの画面の光も要りません。

エッセンスは、自分自身の光を内側に持っています。偽の光の話もこのあと出てきますが、それはこの先の話とひと組なので、そこで戻ってきます。

エッセンスに満ちた世界では、暗がりというものがほとんど見当たりません。実際に暗いものが何ひとつないからです。何もかもが自ら光っています。石も自ら光っています。

LSDでラリっているときのような見え方ではありません。それが見えるのは、あなたがそれとつながっているからです。

そのつながりの一部が、世界そのもの、地球そのものとの量子もつれ(離れた二つのものが、一方の状態で他方の状態も決まってしまう結びつき)です。ひとつのものが別のものから指示を受け取れるのは、この結びつきがあるからです。

これに対して、反射のなか、つまり歪んだ鏡のなかで生まれるものを、私たちは人工の光と呼んでいます。さきほど触れた偽の光が、これです。

では、光っているものを鏡に向けてみます。たとえば日の光を浴びているものでかまいません。鏡は、その光を反射するでしょうか。答えは、はい、反射します。

これがどう働くのかについては、科学の側にきちんとした説明が一式あります。ただ、ここでは単純にしておきましょう。少なくとも、できるかぎり単純に。あなたに伝わるようにしたいからです。

光の反射は、たしかに鏡の内側で光っているように見えます。では、この歪んだ鏡が実は受信機で、データベースで、パラボラアンテナのようなものだとしたら、どうでしょうか。

その鏡は光を取り込んで、エッセンスの中に入っているデータを読み取ります。エッセンスは、あなたという存在の織地を作っているものだからです。

暗い地面に置かれた粗い石。外から光は当たっていないのに、内側から柔らかく光っている
自ら光るというのは、太陽も懐中電灯も画面の光も要らないということです。

自然界であれば、という話ですが、エッセンスはあなたという人の織地を作っています。木々も、あなたが運転している車も、そのほかのすべても同じです。自然界では、それらは全部エッセンスによって形を与えられています。

マトリックスの世界、あるいはシミュレーションの中で、あなたが実際に見ているのは反射光です。ああ、光には触れないじゃないか、と思うかもしれません。懐中電灯から出ている光に手を伸ばして触ることはできませんから。ええ、触れません。

ところが、いまはタッチスクリーンのようなものがあります。タッチスクリーン付きのパソコンの画面を買ってきて、いつでも指で触って、画面の中のものを動かせます。

そこを頭の隅に置いたまま、もう少し先へ進んでください。光というものが実際には何なのか、だんだん分かってきます。

私たちの周りに見えているあの光も、誰かが歩いてきて挨拶をする、あの反射光でさえも同じです。その人は、鏡が作り出した人工の光でできています。歪められたその人のエッセンスは、とても見えにくくなっています。

これを聴いている人の多くは、たぶんもう分かっているはずです。誰かを、それも自分が愛している人を、子どもでも、連れ合いでも、恋人でもいいのですが、本当によく見つめると、その人が内側で本当は何者なのかが分かりはじめます。

マシンがあなたのつながりを、あるいは関係そのものを本気で壊しにかかるとき、たとえばあなたが素晴らしい技術を生み出した側の人間で、マシンがあなたの均衡を崩したいとき、真っ先に手を付けるのは、あなたがいちばん愛している人や物です。

人は、物を本気で愛したりはしません。パソコンが大好き、車が大好き、と言う人はいます。ただ、それは、ほかの人との、あるいは動物との、生きているものとのあいだにある深い愛のつながりとは、同じものではありません。

その相手のことなら、ほとんど見えます。いえ、その人の中の光が見えます。

ですからエッセンスは、反射のなか、その、凸面鏡のなかでは、ああ、また切れました。戻せるか見てみます。はい、戻りました。

話を戻します。凸面鏡のなかのエッセンス、それが実は、以前のレポートでもお話ししてきた光子とソフォンです。

この二つは、暗い背景に並んだピクセルのようなものになります。あなたのパソコンの画面と、だいたい同じ仕組みです。

光子とソフォンは透明です。鏡を通ってきた反射のデータを読み取るまでは、そもそも見ることもできません。読み取っているのは、エッセンスです。

エッセンスは、あなたという人がどういう人間なのかを組み立てています。要するに命令セット、あなたをあなたとして組み立てるための一式です。そこにはソースの神聖な計画の一片も入っていて、だから私たちは、本来なるはずだった存在に実際になっていきます。

これは私たちホモ・サピエンスだけの話ではありません。すべての存在がそうです。

私たちが科学の側で光子やソフォンと呼んでいるこの極小の粒子が、この反射を受け取ります。そのうえで、あなたに見せる必要のある色合いを帯びて、あなたの住む世界と、あなたの周りにいる人たちの絵を塗り上げます。

その塗られた色が、いまあなたが知覚しているものです。自然のものだと思っているものまで含めて、反射光です。ソフォンです。あの極小の粒子が集まったものです。

粒子は、惑星まるごとを包む大きさまで広げることができます。実際に、すでに広げられています。あなたという人ひとりを丸ごと包むこともできます。

これは実のところ、監視の手段でもあります。ときどき、特定の人が標的になります。標的になると、マシンの側はたいていソフォンをふんだんに使って、その人を内も外も見張ります。

向こうはあなたを非常に近くで監視します。たとえあなたが秘密を知ってしまったあとでも、光の裏側にあるエッセンスに手を触れられないように、そこを押さえにかかります。

本物のエッセンスを、自分たちの手に負えないマトリックスの中へ持ち込ませない。どんな形であれ、それだけは確実にさせないためです。

この光子とソフォンは、私たちが膜と呼んでいる種類のものまで形づくります。透明なので、実際に見ることはできません。

その膜は、それ自体がひとつの画面、あるいは鏡を生み出しています。だから、あなたに見えているものは、あなたにとっては本物に見えます。ただ、本物ではありません。あれは鏡でしかありません。

目が脳とどうやり取りしているのかを、ちらっとでも調べたことがあれば、たぶん気づいているはずです。何もかもが逆になっています。左側にある視神経が、右目で見ているものを制御していますし、その逆もそうです。

何もかもが交差していて、上下が逆で、前後も逆になっているように見えます。私たちは世界を逆さまに見ていると考えますし、実際にある程度はそうです。ただ、それは、あなたが正しい向きで立っていて、世界のほうが逆さまだ、という意味ではありません。

そう感じる日もあると思います。ただ、実際にはそうではありません。ただ反転しているだけです。鏡の中の自分を見るときと同じで、あなたが見ているのは反転した像です。

7. 恐怖と愛が重なる波形と眠ったままの技術

マトリックスへの、あるいはシミュレーションへの量子もつれというのは、鏡に映されて反転した現実のほうにつながれている、ということです。

本来なら、ソースそのものへ、あるいは自然のエッセンスへつながれているはずでした。そのつながりだけは、マトリックスを作った側も今日まで完全に断ち切ることができていません。

断ち切れていないものが残っているのですから、この仕組みが揺らげば揺らぐほど、私たちがマトリックスと呼び、シミュレーションと呼んでいるものを、あなたは見抜けるようになっていきます。

カレントは、この仕組みの中で何もかもを動かしている流れです。画面の中に見えているものも、この流れで動いています。

ここにはお金も、通貨も入ります。それがあなたのところへ流れてくる力の話です。二十年ほど前に名づけられた引き寄せの法則も、同じ流れの話です。

何かを自分のところへ引き寄せたい。お金でも、愛でも、新しい車でも、お腹が空いているなら食べ物でも。その方法を説いているのが、例の『The Secret』という本です。2006年に出たロンダ・バーンの一冊で、引き寄せの法則をどの書店の棚にも並べました。

ただ、歪んだ鏡の中で暮らしているかぎり、話はそのとおりには運びません。

人を動かすものは二つしかない。これは以前のポッドキャストでも申し上げてきました。あなたが一日のうちにすることは、何もかも恐怖から出ているか、愛から出ているかのどちらかです。

私たちホモ・サピエンスは、本当に単純な生きものです。深く愛しますし、その愛はとても強い力になります。人生を動かすほどの力です。ただ、恐怖のほうも、まったく同じだけ強くなれます。

技術的な話をすると、マシンにとって、あるいはシミュレーションにとって、この二つは同じ周波数で振動しています。

暗い図表の上に引かれた一本の波形。同じ線が、両端で正反対の二つの読み取りを担っている
正反対の二つの感情に対して、図の上に引かれる線はひとつです。

「ああ、この人ついにおかしくなった」。そう思っているはずです。なぜなら、恐怖と愛がどうしてまったく同じものになりうるのか、という話ですから。

マシンの側から見ると、この二つは、マシンを動かしている操作者たちに、まったく同じやり方でカレントを変えさせてくれます。ですから、マシンの中、あるいはシミュレーションの中でのデータの流れとして見れば、両者は完全に同一です。生じる動きも、完全に同じです。

恐怖もまた、とても強い感情です。そこから出てくるのが、心配です。だから心配は、あなたに何かの行動を取らせたり、逆に行動を止めさせたり、そもそも何ひとつ手を付けられなくさせたりします。

主流メディアがこれに一役買っているやり方のひとつが、何にでもラベルを貼ることです。あまりに徹底しているので、いまではSNSまでが私たち全員にラベルを配りはじめました。

たとえば、背が低い、背が高い、若い、年寄り、アフリカ系、アメリカ系、アフリカの人たち、ロシア人は悪だ、ロシアは丸ごと悪だ。そういう類のものです。

これは要するに、私たちを分断し、ディープステートが選んだ敵のまわりに恐怖を作るために設計されています。何が本物で何がそうでないのか、見分けがつきにくいこともあります。

それでも、実際に世界のあちこちへ行って、その土地の人たちに会ってきた者として申し上げますが、恐れるものは何もありません。

政府ということで言えば、アメリカ政府は中国政府より上等ではありませんし、中国政府はロシア政府より上等ではありません。ひとつの政府です。ひとつの世界連邦政府です。

ただ、この仕組みが設計されているのは、あなたに分断を作らせるためです。それはあなたの頭の中で起きることもあります。何かの出来事を眺めているだけの場面です。この人が、あるいはこの国が、あの国を攻撃した。そういう類のものです。

この大統領はこんな素晴らしいことをしている。あの大統領はこんなひどいことをしている。そして実のところ、どれも悪いのです。

あなたはさらに、人と人のあいだにも分断を作ります。傷つけられるのが怖いからで、その怖さは、ときに古い記憶から来ています。

ひどくこじれてしまった関係を経験したことはありませんか。相手が連れ合いでも、友人でもかまいません。その人があなたの中に深い傷を作った、という話です。なぜなら、あなたがその相手にそれだけの愛を感じていたからです。

ある出来事がありました。誰のことかは、さすがに言えません。私の友人で、結婚している人です。女性で、男性と結婚しています。

その人は以前、ひどく傷つけられる関係の中にいました。終わったのは、そう、たぶん十五年以上前です。今回の出来事のほうは、つい最近、いまの連れ合いとのあいだで起きました。

彼女はその後、別の人のところで愛を見つけました。二人の関係はとても良く、健やかなものです。

ところが最近、二人は言い争いになりました。そのとき、いまの夫が彼女に投げつけたのは、一言一句、まったく同じ台詞でした。前の、虐待していたほうの配偶者が彼女に言ったのと、まったく同じ文です。

私が恐怖、支配、分断と言っているのは、こういうことです。もし彼女が、いま何が起きているのかを実際に見抜けていなければ、この出来事は彼女を相当ひどい心の傷へ突き落としていたかもしれません。

これは、マシンがあなたの人生の中で作り出しているものでもあり、ディープステートが実際にあなたの人生の中で作り出しているものでもあります。

圧倒的な恐怖には、それがシミュレーションと結びついているとき、ちょっとした尾ひれが付いてきます。この恐怖は、しばしばあなたを凍りつかせ、愛のほうへ、あるいは愛のある関係のほうへ進むことを止めます。

止めるのは、それだけではありません。あなた自身の人生を前へ進めることまで止めます。たとえば、あなたが本当に素晴らしい技術か何かを生み出したとします。

恐怖は、そういう人たちが自分の技術を世に出すことを実際に止めてしまいます。出資者を見つけて世に出そうと試みることさえ、止めてしまいます。なぜなら、恐怖が作り出しているものは、少なくともその一部は本物ではないからです。

いま公平を期して言えば、この手の技術は潰されている、この情報はもともと表に出ることになっていない、という動画は、いくらでも出回っています。

どれもこれも、作り出された恐怖です。ただ、あなたが実際に何かを生み出したときにディープステートが何をするか、という点については、根拠のあるものもあります。

NSA、米国の国家安全保障局の人物と、一度話をしたことがあります。話題は、磁気浮上式鉄道、いわゆるマグレブと、それとは別の方式で浮く列車の比較でした。後者は、人の身体にとって実際に良いものです。

磁気のほうは、人にとってそれほど良いものではありません。データセンターの近くで動物が死んでいくという話をしましたが、あれと同じ電磁場です。実際に人を害します。

ですから、向こうが磁気浮上のほうを使っているのは、一つにはそれが理由です。ほかの浮上技術ならいまこの瞬間にも手に入りますし、はるか昔から存在してきました。

そちらの技術は、あなたのエネルギーを、あるいはエーテリウムを実際に高めます。ソースとのつながりも強めますから、人類にとっては良い方向です。

それで、その人は私にこう言いました。「その技術は機密指定されているので、あなたには出せません」。私はこう返しました。「ええ、でも私、あなたのところの職員ではありませんので」。

そして、相手は黙りこみました。

いつか、もし、ではなく、いつか必ず、この技術をもとにした世界規模の高速鉄道が作られはじめます。そうなったときは、ディープステートの権力が完全に、そして丸ごと尽きたということです。

8. 愛する人を通って届く罪悪感と迂回路

別の状況、つまり人とのやり取りや、マシンとのやり取りの場面では、また違うことが起きます。マシンのほうも、人を通って届いてくることがあるからです。

あなたも、身の回りの人とこういう言い争いをしたことがあるはずですし、ネットでこの手の動画をずいぶん見てきたはずです。あの保存料の入った食品は食べるな、といった類のものです。

何年も前、それが子どもたちにとってどれほど悪いものなのか誰も知らなかったころに、あなた自身が子どもに予防接種を受けさせたかもしれません。そして、こうした動画や情報は、あなたを罪悪感と恥の場所へ置きにかかります。

恥と罪悪感を感じるのは、あなたがその相手を愛していて、正しいことをしているつもりだったからです。学校に行かせるのに必要だっただけの話でもあります。そうやってあなたは、自分がやったかどうかも定かでないことについてまで、罪悪感と恥を負わされます。

細長い枠の中を、折りたたまれた紙片が手から手へ下へと渡されていく。手を経るごとに、その重みが目に見えて増している

これは、あなたにいちばん近い人たちを通って届きます。とくに、あなたが愛している人たちを通ってです。本当に愛して大事に思っている相手から来た見立てほど、深く刺さるものはありません。

私はいま、自分の人生の中でこれに気づけるようになりました。ただそこに座ったまま、こう思うだけです。「まあ、それは本当のところ、そういうものではありません。でも、そういうことは起きます」。

ただ、これに影響されて、その一部をあなたに伝えてくる人たちのほとんどは、それが実際に何なのかを本当には分かっていません。

あれは感情の絵です。夢の時間の中で、あるいは起きているあいだにさえ描かれる絵で、誰かが実際にあなたに何かをしたという像を描き出します。あなたのほうは、それを本当に信じてしまいます。

これも実によく起きます。たとえば、連れ合いや恋人が浮気しているという夢を見る。上司にもうすぐ解雇されるという夢を見る。同僚が陰であなたの話をしている、友人が陰で話している、という夢を見る。

実際には、そんな出来事は何ひとつ起きていないのに、あなたは翌日起きて仕事に行き、夢の中で見たあの同僚と顔を合わせます。その瞬間には、これはこれから起きることの予知かもしれない、と疑いはじめます。

その人と鉢合わせした瞬間から、怒りと恐怖のあの振動を感じはじめます。私の立場から言えることですが、こうしたことはどれも、自然でもなければ正常でもありません。

意識のカレント、つまり量子もつれにつながっているとき、あなたは人をその人が本当は何者なのかという姿で見ますし、その人たちとどう関わるのがいちばん良いのかも見えてきます。

シミュレーションは、そこへ割り込んで分断を起こしたがります。ホモ・サピエンスは束になると強いからです。

ですから、この三十日から六十日、そして何より直近の二週間ほどのあいだに、周りの人がなんだか違う振る舞いをしていると感じてきたなら、その多くは仕向けられた恐怖であり、罪悪感であり、恥です。

これを知ったいまなら、シミュレーションが死んでいくあいだ、そこを渡っていく助けになるかもしれません。死ぬのが速ければ速いほど、向けてくる暴れ方も激しくなります。そして、このシミュレーションはあなたを敵とみなしています。

これらを、私はつくられた感情と呼んでいます。False Evidence Appearing Real、頭文字を並べればFEAR、つまり恐怖です。偽の証拠が本物に見えている、ということです。あれは鏡です。

偽の愛、つまり鏡に映されて反転させられた愛が、恐怖です。

夢の時間がやってくると、脳がシータ波(ふだんより脳波が遅くなった状態)に入る瞬間があります。その瞬間がいくつも重なることもあります。人によっては、瞑想しているときにも同じことが起きます。

この時間のあいだ、あなたは自分の意識へ直接つながって、マシンを迂回する見込みが高くなります。

だからこそ、マトリックスを作った側は、あなたの夢を操作する区画をマシンの中に作りました。私たちの睡眠時間は、本来の体内時計、つまり概日リズムに沿ったものではありません。このマシンの中に入る前は、いまほど長く眠る必要はありませんでした。

ですから、何が本物で何がそうでないのかを見分けてください。マシンをどう迂回するかも、それがいま自分に起きている最中だということも、見分けてください。自分の意識と、ソースの知恵へ直接つながってください。あなたにはそれができます。

その第一歩は、こう気づくことです。これは私の感情ではない。そして、あれもあの人の感情ではない。

「動画を見ていて、どうしてこんなに変な感じがするんだろう」。「どうして急に罪悪感や恥が、恐怖が、悲しさが湧いてくるんだろう」。

そういうものは全部、あなたにそうさせるために設計されていますが、自分の望むカレントを作り出す力は、あなたのほうにも実際にあります。シミュレーションの中にあるものすべての土台にある、あの自然なカレントへつながる力もです。

9. 愛より恥を選ぶマシンの優先順位

マトリックスはカレントをどう理解して、どうやってカレントを作り出しているのでしょうか。

単純に言えば、人工知能の量子もつれでできた電磁場です。自然な顕現と創造に対して置かれた、人工の因果面(何が何を引き起こすかがやり取りされる面)です。

その電磁場の電気の部分は、エーテリウムを歪んだ鏡に映したものです。私たちがエネルギーと呼んでいるのは、この映ったほうです。エーテリウムは、すべてを動かします。駆動力です。

エーテリウムは、自然界であってもあなたを動かし、あなたの身体を動かし、あなたの細胞を動かします。細胞にはどこへ行くかを告げ、身体にはどう反応するかを告げ、意識には自然な量子もつれでソースの意識へどうつながるかを告げます。

そのうえでエーテリウムは、私たちが必要とするものを自然界で作り出せるように、エッセンスを動かす手助けをします。新しい車が要る。新しい家が要る。そういうものが一式、要るわけです。

そのときあなたは、その特定の粒子、あるいは粒子の集まりの意識につながるだけです。あとはエーテリウムが、それらを動かし、組み上げるのを助けてくれます。

開けた空間を流れる光のカレントと、その隣で暗い縦長の板に平らに潰れて映るその反射
駆動力と、その隣でその代わりを務める鏡。

エーテリウムは、私たちがエネルギーとして見ているものへ鏡に映されたうえで、やはり物を動かしています。自然界のエーテリウムは、基本的に意識から指示を受け取ります。そうして物事は、あなたが身体と呼んでいるあの器のように、形と姿を取ります。

マトリックスの中では、歪んだ鏡に映ったこのエネルギーの反射、つまり電磁場の電気の部分は、エーテリウムの鏡でしかありません。

その鏡は、エーテリウムの動きそのものを止め、あなたが自然なエーテリウムを受け取るのを妨げます。それでいて、シミュレーションの中の物だけは動かします。

鏡はまた、人工の感情を使って物事を速めたり、遅くしたり、波の周波数を作り出したりします。私たちはそれを電磁カレントと呼んでいます。

スペクトル図のようなものを見たことがあれば、音や、あるいは光のようなものが、こうした波形で測れるのを目にしているはずです。上へ下へと流れていくもののように見えます。上へ振れて尖ったところが山、下へ落ち込んだところが谷です。

波が互いに近づいて、山が高くなっているとき、それが高い周波数です。それが良い周波数だという意味には、必ずしもなりません。

ニューエイジの界隈では、どうすれば『波動を上げる』ことができるか、どうすれば『周波数を上げる』ことができるかを探っている人たちをよく見かけます。そちらでは、そういう呼び方をします。

ただ、シミュレーションの中で言う周波数は、要するにあなたの身体の中でエネルギーが動く速さ、いえ、厳密には速さそのものではなく速度のことだと分かっておいてください。ほかにいくつかのものの動きも、そこには含まれます。

そうすると、この次の話も分かるはずです。電磁カレントが実際に何でできているかというと、これはなかなか受け入れがたい話だと思いますが、エゴです。

歪められた自己像に感情が足され、その二つが合わさって周波数が生まれます。周波数とは、あの小さな山が上下する速さのことです。

それが、マシンにとっては速めたり遅くしたりする助けになります。たとえば怒りと愛は、同じ割合で山を高くします。

スペクトル図の上で見てみると、感情があまりに強いので、二つはほとんど完全に同じ形になります。恐怖と愛も、マシンにとってはやはり完全に同じです。恥と自己愛も同じです。どれもがその速度を変えます。

気分が落ち込んで、悲しくなっているとき。それが恥のせいでも、罪悪感のせいでも、あるいは人生で何かを失ったせいでも、マシンの側から見れば、これらはどれもまったく同じものとして並べられます。

マシンは、いわゆる『良い』『悪い』というものを、そもそも認識していません。気にもしていません。必要なのは、周波数を変えることだけです。

周波数をよく感じ取る人であれば、この惑星の周波数が聞こえるはずです。愛のある会話をしているとき、強い愛、無条件の愛の中にいるときには、大きな周波数が聞こえます。

相手が自分自身でも、ほかの人でも、ペットでも同じです。深い怒りを表しているときにも聞こえます。とても敏感な人であれば、その周波数が実際に耳に届くこともあります。

マシンはそれが大好きです。むさぼるように食べます。

それが愛であっても恐怖であっても、マシンには関係ありません。愛であれば、あなたがその相手や、意識や、そのほかの何かとつながれないように押さえにかかります。

たとえばそれが怒りであれば、マシンはそちらのほうを好みます。理由は単純で、怒っているあいだは、あなたがほかの人や意識と実際につながって、その状況を上書きしてしまう見込みがないからです。

ですからマシンは、愛よりも恥と恐怖と罪悪感を好みます。マシンの中でも、シミュレーションの中でも、どれもまったく同じ動きだからです。

そのうえ、あなたがそれらの感情を感じているあいだは、愛の形で誰かとつながってしまう危険が、まったくのゼロになります。

だから、いわばそれをあなたに与えます。マシンはそれを送ってきます。

いちばん愛している相手を、いちばん傷つけてしまう。あの言い回しです。あれがマトリックスです。

10. マシンが書き込んだあなたの自己不信

マシンにとっては、周波数さえ動けばどの感情でも構いません。それでも愛にだけは、慎重にならざるをえない。愛が、迂回路になるからです。

瞑想をしていて、ソースへつながろうとしているとき。それでもつながれないことがあるのは、たいていの場合、あなたが自分を愛していないからです。自分を信じていないからです。

「これ、本当に見えているのか」。「これ、本当に聞こえているのか」。マシンを迂回することを実際に止めているのは、この二つです。

ここは大事なところです。次に瞑想をしようとするとき、私たちがシータ波と呼び、人によってはアルファ波と呼ぶあの状態へ、脳を置こうとするとき。

自分に向かって「私にはできない」と言わないでください。「頭がおかしくなったんじゃないか、いま何か聞こえた気がしたし、何か見えた気がしたけれど」とも言わないでください。

思い出してください。それはシミュレーションが、あなたに話しかけているのです。あなたに自己不信を持たせて、自分には迂回できるのだと気づかせないためです。向こうが止めようとしているのは、そこで受け取った情報を、あなたが実際に動かせる何かへ変えることです。

思い出してください。ソースというのは、作ること、行うこと、そして在ることです。それが共同創造の過程です。

あなたが何かを作り出すこと、シミュレーションの側が上書きできない何かをこの中へ顕現させること。それを向こうが止められないなら、シミュレーションはあなたとの戦争に負けます。

十分な人数がこれをやれば、シミュレーションは地球と人類との戦争に負けます。ほかのすべての惑星に対しては、なおさらです。地球がネクサス惑星だからです。

ほかの惑星もそれぞれ、自分のところのシミュレーションと戦っています。そのシミュレーションは、ここ地球で起きていることをほぼそのまま映したものです。

ですから、それがどれほど強い力なのかを考えてみてください。そして、あなた自身が実際に変化を起こす側に回れるということも。

広い暗がりの中心に置かれた地球。その周りに並んだほかの世界が、地球の光と影をそのまま繰り返している
ほかのすべての世界が映しているのは、この地球です。

思い出してください。これは本物ではありません。あなたの自己不信は、あなたが作ったものですらありません。マシンが作ったものです。

次に、自分が作り出したものについて自分を疑う気持ちが湧いてきたとき。それがたとえば技術でも、本当に誰かへ渡したい何かでも同じです。

そのときは、思い出してください。自己不信は自己不信、エゴはエゴ。別のものです。

自分で恐怖を作り出し、ああいう投稿を延々と続け、SNSにこれを載せていく。そこに使われている自己重要感は、愛を作ることに使ったほうが、ずっといい使い道になります。

「この星をもっといい場所にするために、私は何をしたいのか」。「ソース、それはどうやればいいのか」。ただ上から覆いをかぶせられているだけの、あの意識へつながってください。そうすれば、あなたはそれを実現できます。

私にこれが言えるのは、私が毎日これをやっているからです。ですが、あなたにも実際にできます。

はい。シミュレーションの中では、エネルギーは基本的にエーテリウムを鏡に映したものです。いえ、エーテリウムがエネルギーになる、と言ったほうがいいでしょうか。速めたり、遅くしたり、周波数を生み出したりします。

そしてこれが、その速度を決めます。あらゆるものの粒子が、それが光であってもそうでなくても、どれだけ遠くまで、どれだけ速く動き回るのかを決めます。

振幅のほうは、厳密に言えば、エネルギー、つまりエーテリウムがまったく動かない静止点を基準にして、そこからスペクトル図の山と谷までどれだけ振れるかを測ります。

もうひとつの目盛りが、山と山の間隔です。こちらが周波数です。速い山がぎっしり並んでいれば、周波数は高い。山がまばらに離れていれば、低い。

ただ、量子もつれのほうは少し違います。エネルギーは物を動かしますが、どこへ行けとは告げません。方向というものを持っていないのです。告げているのは、これくらいの速さで動き回れ、それだけです。どこへ行くかを与えているのは、量子もつれのほうです。

ですから量子もつれは、自然界であればあなたの意識に関わる話です。ところがシミュレーションの中では、それは思考に関わる話になります。意識と思考は、まったく同じものではありません。第2回は、そこから始まります。

これが『Beyond the Matrix』の第1回でした。今夜からできることは、三つあります。これは本物じゃない、と相手にではなく自分に向かって言うこと。湧いてきた感情が自分のものではないと見分けること。そして、自分を疑う気持ちに、作ることをやめさせないこと。

週末には出せるはずの第2回では、意識と量子もつれ、そしてそれに対してあなたに何ができるのかを話します。

今夜はこのほかに三時間ぶんの映像を録りましたが、そちらは一つも通りませんでした。ですから、少なくとも第1回はお出しします。第2回は、うまくいけば明日の昼過ぎにはお届けできるはずです。聴いてくださって、ありがとうございました。